◆〓本のシャワーにさらす肌〓◆
ようやっと…2月6日

【No.1223】に、『ストーリーテリング その心と技』から物語について気になる記述を
ようやく抜き出した。



【No.1228】言霊のさきはふ島とおしゃべりの花咲くカフェ…1月30日


世界文学を読んでいると、「またユダヤ系?」というのと同じように「またアイルランド系?」というぐらい、アイルランドやらスコットランドあたりのケルトの血を引く人たちの文学が多い。多いだけでなく、読みごたえある作品が多い。

またまた白地の本が2冊ですね。
左がアイルランドの新進作家クレア・キーガン『青い野を歩く』。短篇集だが、痛烈な印象を残す作品が2〜3含まれていた。書影リンク先に、少し粗筋を書き出している。
そのキーガンは、ジョン・マクガハン(2006年に帰らぬ人となってしまった)の後を継ぐ作家と言われているようだが、つい最近マクガハンの長篇『湖畔』が翻訳されて出たばかり。少し読み始めてみたら、何となく高齢者版ジェイン・オースティンのような雰囲気があって面白そう。
マクガハンはアイルランドを代表する作家だとは言うが、それは「イギリスを代表する作家」「イタリアを代表する作家」「ドイツを代表する作家」とはまるで違うニュアンスである。こつこつと翻訳をつづけて数年に1冊出版をつづけている翻訳者と出版社に敬意を表したい。

そうそう、余計なお世話だが、白水社さん、また誤植めっけたよ。『青い野を歩く』の「長く苦しい死」で「あなた」が「あたな」になっているところがある。校正やりましょうか(笑)。
そういう私も、過去にネット上にアップした文章に山ほど字の間違いがあって、過去ログを見ていると「あらららら〜」としょっちゅう自信喪失している。本当はブログといえども、プリントアウトして確認しないといけないのだろう。

紙からテジタルになったことで、誤植はリスクが高まったのだと思う。誤変換のままうっかりEnterキーを押してしまうことがよくある。校正の現場で各社どれぐらいプリントアウトを活用しているのかは知らない。
プリントアウトしたものを持って携帯していると、時間があればちょくちょくチェックするから、くどいぐらい確認できる。けれども、画面上での校正が中心だという人たちは見る回数がどうしても少ないから、誤植は出やすいのかなと思う。

話は変わる。
少し暇にしていた間に、あちらこちらへ声をかけていたら、やはり急にやることが次々に出てきてしまった。
1つの仕事できちんと拘束されていた方が結果的に効率よく働けるのだろうけれども、わがままで「やりたいこと」「やってもいいかなと思えること」を優先させていくような生活になってしまっていて、お金になる仕事の他に社会的貢献の部分が大きく、将来これでやっていけるのかと不安になることがある。
しかし、区関連で引き受けた委員で、素晴らしい仲間や行政担当者たちと知り合え、きのうの午後は実に楽しく有意な時間を過ごせた。

会議のあと、その流れで、下北沢のブックカフェにて絵本に興味ある人たち数人とおしゃべりした。若いお母さんもいれば、年配で実に多趣味でおしゃれな男性(何か、すぐ近くに住んでいる紳士みたい)もいて、みんな陰険なところや後ろ向きに悪く言うところがなく、清々しいオーラが響き合うような場ができた。見当違いの欲や自己主張がなく、お互いを認め合い尊重し合える場が成り立つと、とても居心地がいい。
自由時間は「いっしょに楽しみたいね」と思える相手と過ごさないといけないと感じた。「私のすごさを認めてよ」「私が中心になってしゃべりたい」という人はごめんである。自分がそういう人にならないよう、精神的なコントロールを上手にしていくことが必要である。

すごさというのは、他愛ないおしゃべりのなかで自ずから表出してくるもので、きのうも話していて「この人、偉ぶらないけれども相当の人なのだろうな」と思える人が何人か含まれていた。

文学作品も同様で、鳴り物入りの宣伝文句がなくとも、キーガンやマクガハンなどは、読む人の内面で、その存在感を現わす。1人の人にどれだけのものを与えたかというのは残念ながら世間の評価にはつながりにくい。「何万部売れた」「人気のテレビ番組で紹介された」「誰か評論家の目に留まった」などが分かりやすい指標になってしまう。

ジョイス、オスカー・ワイルド、ブラム・ストーカー、スウィフト、ロード・ダンセイニ、イェイツ、ラフカディオ・ハーン、ブロンテ姉妹、C.S.ルイス、サミュエル・ベケット、バーナード・ショー、ヒュー・ロフティング、アイリス・マードック、ウィリアム・トレヴァー、ロディ・ドイル、フラン・オブライエン、フランク・マコート、キアラン・カーソン……。そしてマクガハンにキーガン。
彼らはもちろん売れたり評価されたりしてきたから名前が残っているのだろうが、万人に受け入れられやすい物書きというよりは、ある種の人たちに痛烈なものを刻みつける物書きのように思える。



【No.1227】東のレンズ、西のレンズ…1月27日

昨朝は久しぶりに体調の悪さを自覚しながら1日のスタートを切った。
胃腸が痛むので、はやりのノロウイルス系の風邪ではないかと疑ったのだ。

午後に新型インフルエンザの某医療機関スタッフ一斉接種を予定していたのだが(身分はボランティアスタッフ)、どうしようかとさんざん迷った末、「きょうを逃しては受けられない。受けられなかったのが原因で変な季節にかかっては愚息の無遅刻無欠席、私の弁当作りコンプリートにかかわる」と思い、熱がないのを確認して強気で出かけた。
病院で受付の仕事をしている友人に、「今月中なら国産ワクチンだわね」と言われたのも大きい。

ワクチンを打ったら、なぜだか何やら徐々に元気になってきた(問診票に持田製薬かアステラス製薬かをチェックする記録欄があった)。
それで、そっとバッグにしのばせてきた券「木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン――東洋と西洋のまなざし」を使うことにした。
恵比寿の東京都写真美術館である。展覧会の案内はこちら

ブレッソン作品は過去に、何人かの古い写真家の作品を集めた展覧会他で何回か、何枚も観ている。しかし、写真の大きな賞で名を残している木村伊兵衛の作品をまとめて観るのは初めてであった。

美しい写真展であった。

最初に、木村が撮ったブレッソン、ブレッソンが撮った木村のスナップが並べられていて、そこで、もうぐっとつかまれる。
木村は1901年生まれで、1974年に没。
ブレッソンは1908年生まれで、2004年に没。
そうだっけ。ブレッソンは今世紀を結構生きていたのである。

どちらも光景と人を撮った――共に「LIFE」誌で活躍していたが、「報道」というよりは、文化や生活の記録者というイメージを私は勝手に抱いていた。そうとも言えそうだけれども、マスメディアが発達しておらず、テレビや新聞でほとんどの国民が情報を共有する時代前の写真というのは、報道か芸術かということではなく、その両方を兼ね備えていたからこそ重用されたのだということが分かる。
木村が1960年代に撮った中国、ブレッソンが1940年代に撮ったナチ強制収容所関係の写真、インド難民収容所などの写真は、構図やら人の表情の捉え方やら、光と影などが芸術として立っていながら(そういったものに各々の個性はあるようだ)、やはり報道なのである。そういう時代にそういうところに居合わせ、決定的瞬間を押さえたということは……。

しかし、後の報道写真家たちが特ダネ狙いで戦場や紛争地、事件の渦中に出かけて行って残したのとは違う要素があると感じられた。
特ダネ狙いの場合は「対象に対峙する厳しさ」やら「凄惨な対象を前にした自分の感情を抑え込んだところでの冷徹」が外せない気がするのだが、木村もブレッソンも、それとはまるで違う。
端的に言ってしまえば、「愛」があふれているのである。

「こういうものを見たら、こういう瞬間に出会ったら、撮るっきゃないよね」という、自然な説得力がある。目にした対象を「愛おしい」「かまってやりたい」「関わっておきたい」「おやおや」「記録して皆に見せたい」というように、一瞬の情を注ぎながら受け止める種類の愛である。しかし、慈悲深さと言うよりは尊重なのである。そこに、そうしていてくれたことへの……。
これは、民間に普及していなかった写真という技術の可能性を切り拓く者としての立場も大きかったろう。
デジカメや携帯電話でパチパチ撮り、要らないデータは次々に消せる時代ではなかった。フィルムも贅沢な消耗品であったと言える。現像も時間のかかる儀式的なものであったろう。
簡単にシャッターは切れない。1枚1枚の価値に重みがあり、彼らはそれを負って世界へ出かけて行ったのである。
一瞬のチャンスといえども、指先に込めるもの、対象に注ぐ尊重には大きなものがあったと想像に難くない。その点が確かに共通しているので、どこからどこまでが木村で、どこからどこまでがブレッソンなのか分からなくなるぐらいトーンが響き合っているのだった。

木村の写真は「昭和ノスタルジー」と説明すればそれまでだが(しかし本人は同時代を記録しただけで郷愁は薄かったはず)、手ぬぐいとふろしき、着物という布の民俗をこうまで残したかという驚き。その民俗が石ころだらけの那覇でも、秋田の農地でも、歌舞伎役者の舞台でも、そして上村松園の写生光景でも同等に扱われている。対象に向けるまなざしの公正さに打たれた。
この公正さは、偉人にも移民にも、聖職者にも娼婦にも、同様のまなさしを向けたブレッソンと共通する。
レンズのなかの対象が、間違いなくその一瞬に写真家に愛されているのであった。

「本のシャワーにさらす肌」としては、谷崎潤一郎、宇野浩二、久保万太郎、永井荷風、トルーマン・カポーティ、モーリアック、サルトル、アンドレ・マルロー、イオネスコらがレンズで愛されているので、行ってみるといいよというところであろうか。でも、もうすぐ終わっちゃうのだよ。
写真青年たちが1枚1枚をなめるようにして熱心に観ているのが、また良かった。長く立ち止まっていても邪魔に思わず、別の作品に先に回ってあげるべし。対象を尊重するようにして……。



【No.1226】英語の課題文…1月24日

きのうの昼過ぎ、8人の学校保護者たちと昼食を取りながら深い話、楽しい話をしているとき、息子たちは英検を受けていた。

家に戻って「どうだ、できたか。撃沈か」と訊くと、かなり難しく、語彙が足りずに難儀したとのこと。
「長文出ていたよ」と言うのだが、どうせ長文というほどの量ではなく、普通の読解問題に違いない。問題は回収されてしまったようだ。

「雪の結晶が」「写真が」と言っているので、「それ、もしやベントレーだろう」と尋ねると、そうだという。だから、いつも母が薦める絵本にもちゃんと目を通しておけばいいのに……。教養が広がるんだよ、絵本は。素早く読めるし……。

どうやら、21年度第3回英検3級では、この内容が出題文だったみたい。ずばりこの絵本を使ったのではないかもしれないけれども……。

自分が受けた英語のテストで鮮明に覚えているのは、映画が大ヒットしたチャールズ・ウェッブ『卒業The Graduate』が利用されていたものだ。大学受験だったか模擬試験だったか、結果的に入学した大学の学部の出題だったように覚えているのだが、「ああ、これ、ベンジャミンだって……。たぶん『卒業』の出だしのあたりだ!」と気づき、とても楽しく問題を解いたのを覚えている。
サイモン&ガーファンクルの映画挿入歌「ミセス・ロビンソン」をフ、フ、フフンフ、フフンフ……と鼻歌で歌うようなリズムで試験時間を過ごしていた。

『卒業』は最近『「卒業」Part2』として続編も出たのですよ。

入試問題の場合、国語もそうだが英語も、出題に使われる文章というのは、学校からのメッセージ、学校が求めている生徒・学生の像を何となく思い浮かばせるものである。それは、中学受験の過去問題を見ていて、感激しながら、つくづく理解した。
つまり大した問題を出せない学校は大した学校ではない(と恐いながらに言い切る)。教員の知識や興味の広がり、こだわりを匂わせるものなのだから……。もっとも、本当は出したい文章があるのに、受けに集まってくる生徒のことを考えるとレベル他の縛りがあって出せないということもあろう。その方が多いのかもしれない。

『卒業』が出題された意味を今にして考えると、高校を卒業し、暗記型勉強ではなく専門的学問への門をくぐろうとする若者たちに、等身大のものを求めていた、「大人ぶるでもなく、子ども子どもするでもなく」……と解釈できる。「好きなものへの情熱を抱き、そこへ意欲を迷いなく注げ」ということもあろうか。
「素敵な恋もしなさい」というエールもあったのかもしれない。「ビバ!青春」?

あれから30年あまり経て、amazonさんで、このように「なか見!検索」にて、あの文章に対面できるとは思わなかった。



【No.1225】渋谷を青猫が飛ぶ…1月23日

渋谷駅構内の天井を見上げると、青い猫が空を飛んでいた。
どうだ、かわいいだろう。

ということで記事を終えると、「真っ当なブログ」「ブログの王道」らしくなる。

青猫の左腹には黄色いポシェットが貼りついていた。

年のせいか、手ブレを何回か犯し、「何やっているの、いい年して」目線で人びとに見られながら、猫下の光景に奥行きが出るよう工夫しながら撮り直しして、すっかり時間がかかってしまった。
その先の地下鉄の連絡が悪くなり、ダッシュで駆けること数回。そもそも今朝は工事に入ってくれていた業者とあれこれ話をしていたこともあって家を出るのが遅かったもので、勉強会に遅刻してしまったよ。

「先生、先ほどおっしゃっていた本はフランクルの『夜と霧』のことですか」と最後に質問するような会なのに、こんなことをしていて遅刻するという情けないことに……。
しかし、渋谷や新宿駅構内のこういう大きな広告展開は、たいてい1日のうちに別のものに代わってしまう。帰りに別ルートで帰る可能性もあるので、行きにどうしても押さえておきたかったのであった。「週刊賃貸」(?)か何かのPRであった。

さすがに先生には見せられなかったが、参加メンバーの40代・50代に見せると、「かっわいい〜」の声。
みんな、やさしい(うるうる)。

「青猫」と言えば萩原朔太郎の詩集である。
詩「青猫」は全部アップすると著作権上の問題があったような気がするので、気をつけて引用。

この美しい都会を愛するのはよいことだ
この美しい都会の建築を愛するのはよいことだ
すべての美しい女性をもとめるために
すべての高貴な生活をもとめるために
この都にて賑やかな街路を通るのはよいことだ
街路にそうて立つ桜の並木
そこにも無数の雀がさへづつてゐるではないか。

ああ このおほきな都会の夜にねむれるものは
ただ一疋(いっぴき)の青い猫のかげだ
かなしい人類の歴史を語る猫のかげだ
われの求めてやまざる幸福の青い影だ。
いかならん影をもとめて
みぞれふる日にもわれは東京を恋しと思ひしに
そこの裏町の壁にさむくもたれてゐる


で、最後の1行はたぶん「このひとのごとき乞食はなにの夢を夢みて居るのか」だと思うよ。
手持ちの古い白凰社『萩原朔太郎詩集』からの書き写しであるが、「ゐる」「居る」や「もとめて」「求めて」、「かげ」「影」の表記不統一は私の書き間違えではないです。わざと朔太郎が書いたのか。
「青い影」というと、プロコルハルムがクラシック音楽を編曲したものだと思い出す人もいるかも……。
雀はカラスに食われて東京には少ないという人もいるかも……。
「乞食」は差別用語だから、「著者の表現を尊重するため」云々というお断りが要るという人もいるかも……。

それから、ますむらひろし漫画にも「青猫」。
『探偵青猫』という題は面白そうだけれども、リンクに上げられている書評では、どういう漫画なのかがよく分からず……。

朔太郎の詩は、書き写してみたら、意外にも渋谷を飛んでいた青猫にフィットしましたね。



【No.1224】地味で暗い装丁…1月22日


新聞書評も複数出ていたイスマイル・カダレ『死者の軍隊の将軍』について、本の紹介文を投稿した。それでbk1の「今週のおすすめ書評」に選んでもらえた。3000円のお小遣いがいただけるので、それも使ってコ―マック・マッカーシー新作他の買い物をしよう。ときどきもらえるお小遣いは嬉しいものである。

ノーベル文学賞選考のシーズン、いつも名前が挙げられるカダレは、かつてアルバニア語で書かれたものからフランス語に訳された版をフランス文学者が邦訳し、そこそこ読まれていたのである。
そのフランス文学者の双璧、平岡敦氏は(もう片方が村上光彦氏)ポール・アルテという曲者ミステリ作家やら、最近出た素敵な絵本『水曜日の本屋さん』やらの訳業で、多彩(多才)な翻訳家なのね。

左端の絵本のみ読んだことがある。右の一般書2冊は興味があるけれども未読。
平岡氏はこちら産経新聞に『死者の軍隊の将軍』の書評も執筆しているのである。

翻訳者の話ではなくて、装丁の話。
今回の『死者の軍隊の将軍』もそうだけど、かつてのカダレ本も装丁が悪くはないのだが、地味で暗め。
これって、アルバニアの国の形なのだけれど、日本地図じゃないのだから、すぐに何だか分からないので訴求がないんじゃないの〜。

カダレの作風って、例えば下のような表紙装画がいいのではないかと思う。

右は先ごろ話題になったばかりの小澤征爾氏のエッセイである。紹介文が貼ってある古い版にリンクしてみたが、新版で流通しているので現在もバリバリ買える。素晴らしい青春冒険エッセイである。元気が出る本。

カダレの紹介文の最後に、「村上春樹のせめて30分の1は読まれてほしい作家」と書いた。一応そういうことでキャンペーンを個人的に張っている。せっかくアルバニア語ができる文学者が出たのだから、これを機に、カダレ旧訳本の原語からの訳、未訳の出版など進めば望ましい。

マイナー作家の翻訳に関しては、出版社から印税をもらわず、「最初に刷った分が売れたら印税支払い」という約束でボランティアで出版協力しているという話を2、3聞いている。
印刷費だけで大変な出版社の苦しい事情も分かる。
出ないよりは、何とか出して読んでもらいたいというボランティア精神での翻訳者の熱意も分かる。印刷費も負担する自費出版よりはマシであるし……。
だから、春樹さんの30分の1ぐらいは……ということで、マイナーな本が出ると応援したい。
誤解があってはいけない。本書に関しては、翻訳者との交流はない。印税も何パーセントなのかは当然のこと存じません。

[以下、読まないふりしてね、狂人のたわごと]
これだけ売れている村上春樹がノーベル賞を万が一取ったとしたら、翻訳者支援の基金を作らせたい。
あれだけ売れていれば、あちこちに寄付はしていると思うのだが、翻訳者支援基金では、売れそうにない翻訳書、しかし価値ある翻訳書の印税肩代わりをする。
事務局、つまり電話番は私がやってやろうじゃん。そういうことになったら、子どもの本関係の活動はすべてやめてもいいかな。

事務所はこの家で1部屋使えるので、家賃はタダ。住所は悪くないし、足もそう悪くなかろう。
春樹本でもうけた出版社複数に電話を引いてもらったり、コピー機のリース代を出してもらったり、以下、必要経費は毎月交代で出させる。
海外とのコミュニケーションが必要でも、私は外国語はできないけど、ここは東大駒場や明大和泉が近いので、語学のできる学生をとっつかまえてボランティアさせよう。しかし、私は息子の学資もあるので、パート代ぐらいは欲しい。マックの時給ぐらいはもらえるようにする。

最近、家計補助のための仕事がやや減ったので、手が空いている時間をどうしてやろうかと、貧乏症なのか落ち着かず。
そういうこともあって、また新しいことにチャレンジもしている。区の講座企画のお手伝いを週1回、6月過ぎまでということで無償でやり始めたのである。そちらは詳細が決まったら、参加者をここで募るかもしれない。



【No.1223】読んで、語り伝えるのつづき…2月6日

(2月6日に記入)

「お話を語るという行為が書き記された最初のものは、ウェストカー・パピルス(紀元前二千年頃に記録されたもの)というエジプトのパピルスであり、そこにはピラミッドの建設者として名高いクフ王の三人の息子が、父親を楽しませるために交代で不思議な話を語ったと記してあります。私たちの知る最古の英雄叙事詩『ギルガメッシュ』は、書きことばを最初に発明したとされるシュメール人により語り継がれ、紀元前二千年頃、シュメール文化が滅ぼされた後は、バビロニア人によって受け継がれました。(『ストーリーテリング その心と技』P28/エリン・グリーン/間崎ルリ子他・訳/こぐま社)

3人の息子たちが父王に交代で物語を語ったというのは、それ自体が昔話の設定のようである。
「王と王子たち」という関係だからこそ初めて書き残されたのだろうが、「父と息子たち」という関係、町なかの娯楽ではなく家庭内の娯楽、しかも子(いくつなのかは知らないけれども)が親に語ったものだといったことを面白く感じる。

上の部分の数行後になるが――
アブラハムとその子孫であるイスラエル人は、シュメール人の叙事詩を受け継いで語りましたが、語り手の常として、話は変えられて、大洪水の物語から、「ノアの方舟」の話が生まれました。学者たちは、洞窟に描かれた牡牛の絵と、『ギルガメッシュ』の中の「天の牡牛」と、ゼウスがエウロペを誘惑するため白い牡牛に変身すること、それからギリシャ神話の中のテーセウスの物語に出てくるミノタウルス(牛頭人身)と、はてはアメリカ先住民族のバッファロー・ダンスまで、みな繋がりがあると考えています。(P28)

この辺は、イスラエルやら先住民族やら、何やらイデオロギッシュな意識を多少感じなくもない。どう受け止めるのか、真実はどうなのかという純粋な歴史学的、考古学的興味とともに……。

古代吟遊詩人たちは、アジア、ヨーロッパ、アフリカ、南太平洋で、それからアステカやマヤの人々の間でも存在していたことが知られています。お話はアジアからヨーロッパへ、それからまたアジアへと、商人や、さすらいの吟遊詩人たちによって運ばれていきました。アングロ・サクソンの、そして後にはノルマン人の吟遊詩人たちは、イングランド全土及びヨーロッパの中央部をくまなくまわり、歌や踊りや語りで、彼らの中に伝わるお話を蒔いて歩きました。ドイツでは音楽と詩のギルドを結成していたミネジンガーと呼ばれる人たちがいましたし、ロシアにも同じような性格のスコモロキーと呼ばれる人がいました。女性の吟遊詩人もいました。(P32)

「アジアからヨーロッパへ」とわざわざアジアを先に置いてあることが気になる。
そして、吟遊詩人とともに商人の働き……。何でも買いつける日本の商社マンも詩のひとつでもうなれば罪がつぐなわれるかもなどと思うし、「詩人でもある商社マン」を主役にした小説か、「女性吟遊詩人」を主役にしたファンタジーでも書くと楽しいかもとも思う。

その後のところで、1920年、イングランドのマーガレット王女の結婚式で426人の吟遊詩人が雇われていたとか、エドワード一世の給料支払い名簿に「喜びをうむマティル」「卵の中の真珠」といった女性詩人がいたとか書いてある。
この2人がどういう旅をしてきたのか。エドワード一世の宮廷でどういう邂逅があり、王にどうごひいきを受けていたかなどと考えていくだけで、物語が生まれてきそうだ。

(前略)本が好きでない子どもも、物語やファンタジーを読もうとしない子どもも、お話を語ってもらったり、読んでもらったりすれば、文学の楽しみを味わえるのです。
 アメリカのような多文化、多言語の共存する社会では、学校のクラスや図書館に、会話には困らないけれども書かれた文章を読むのは苦手な子どもや、本を読むことに価値を置かない家庭環境で育った子どもたちもいます。そんな子どもたちにとってストーリーテリングは、読むことの橋渡しになります。
(P82)

今、インドネシアから介護の仕事をしに来た人たちが、資格試験にある難しい医療用語(日本人でも非日常的と思える難解な用語)に苦労したり、介護の記録をうまく日誌に書けずに困っていたりするという話を聞く。
人口構成が変わり、労働力を他国の人に求めることになると、本書の口絵にある1910年の米国の図書館を撮ったルイス・ハインの写真、そこから想像される背景のように、「音声」による記録伝達がますます求められるのだろうなと感じる。

お話を語る人は、文学というものを知り、楽しむ人でなければなりません。そしてよいことば、よい文体、よい内容とはどういうものかをつかんでいることが必要です。よいものを見分ける目を養うためには、幅広く読むことが要求されます。(P127)

後の方の文にある「幅広く読むことが要求されます」は、ちょっと説教臭いので話し半分で読んどいて……。
私は記憶力が悪く、欲さずして「思考の整理学」状態の者だから(いや、「思考の整理学」とはかなり違うなり)素話を暗記するという活動などまるで興味がない。
しかし、絵本を子どもたちに読んであげるときに、テキストをどれだけ読み込めるかで読み方の調子がまるで違うことがあると意識する。絵本はテキストがスカスカなので、絵からどれだけのものを読み取るか、背景に何があるのかを推察できるかが勝負だということがあるのだ。

2月1日に、銀座の教文館ナルニア国で、昨年出た絵本をピックアップして紹介する会があったが、その日に見た、ナルニア国の売上ベスト1が本書であった。ま、ナルニアは東京子ども図書館の分館みたいなところだから、そういう顧客層が集まるのだろう。



【No.1222】読んで、語り伝える…1月20日


右『コワフの消えた鼻』は、ゴーゴリ「鼻」を元にした絵本だそう。2年前の夏に出されていたというのに知らなかった。
長崎出版、かなり面白い児童書企画で注目の版元である。あんまり売れそうにない本ばかりだけれど、「こういう本は出しておくべき」というポイントを押さえた企画が目に留まる。
牧野良幸さんという、版画家でありイラストレーターである人が作った絵本で、ゴーゴリ作品の雰囲気にとてもよく合っている。しゃれた絵柄、渋い色合いなので、ぱっと見て翻訳絵本かと思った。「鼻」のお話好きの人は多少いると思うけれども、「こういう描き方をしたのか」と笑える表現になっている。

絵本関係者は「絵本、絵本、絵本」という感じの人が多いような気がして、こういう企画がうっかり見逃されてしまうことが多いのではないか(確か、あまり話題になっていなかったかと記憶)。その辺のこと、つまり子どもの本に関わる人は文学を深めるべきだというようなことが左の本にも書いてあった。もっとも、子どもの本に関わる人は、芸術全般、科学、哲学、言語学、政治、経済など、すべてを深めていく必要があように思える。子ども向きに書かれているということで、あとは一般書のジャンル別の入門のクオリティが求められる。

左は図書館で目につき、借りてきた読書活動関係の本。
ストーリーテリング、日本では「素話」と言われることがほとんどみたいだが、それをやっている知り合いにたまたま癖のある人が多かったもので、何となく避けてきたジャンルである。
特に私の住むS区では熱心なグループがあり、そこの人たちは「一語一句暗記する素話に比べたら、本を見ながら読むだけの読みきかせなんて……」と何気なく上から目線。その素話グループで発表する機会を作るためなのか何か知らないが、学校に入り込んで読書ボランティアを仕切ろうとしたり、公共の場所での会を仕切ろうとしたり、読みきかせの研修を任せてもらおうとしたりで、一般ボランティアが入りにくい空気を醸し出しているようだ。私も一度、意地悪されたことがある。
これが隣のS区になると、素話ではなく折り紙ができないと公共図書館や児童館でのボランティアグループに入れてもらえないと聞いた。海外駐在の経験がある人に聞くと、日本でのボランティアには敷居の高さが感じられることがよくあるという。企業ではないのに垣根を設けて、お断りをすることがある。篤志のある人が、空いた時間にちょっと活動という気軽さがない。その理由は、教会のような奉仕の拠点がない、歴史が浅いといったことだろう。

特に子どもの本関係って、ちょっと活動歴が長い女性は、すぐに先生ぶりたがったり「ご意見番」や「権威」になりたがったりする傾向の人が多くて苦手。新しく参加した人に対して、指導してあげるという上下関係を作りたがる。人数が多ければ束ね役は確かに必要であるが、情報伝達のための支点であれば良く、ボランティア間で上下の組織を作る必要はない。
子ども関係の活動では、子どものハートをわしキャッチして遊んでいたいだけの私は、上のような疑問を抱くことがある。

読んで、もっと対等に受け手として、鑑賞者として語り合おうぜい。そう大した知識の差があるわけではなかろうから。

何で『ストーリーテリング その心と技』を借りたかというと、「米国では先生ぶりたがる人が多いのかな、やはり……」を確認するためではなく、口絵をじっくり見たかったから。ルイス・ハインという写真家が撮影した前世紀初頭の米国の図書館風景がのっている。ハインには『ちいさな労働者』という本があったが、児童労働の写真を撮ることにより、彼らを守る労働法制定の後押しをした。この本の口絵では、イタリア人のストーリーテラーが図書館でイタリア語で『ピノキオ』を語っている場面、ロシア系の子どものための「おはなしの時間」の場面などが印刷されている。
「そういう場であったか、多民族社会の民族のアイデンティティを確認する場として働いていたのか」ということを知った。

本文は拾い読みしかしていないが、いくつか知識として得られたことがあって有意だった。
おはなしをどう選べばいいか、どう覚えればいいか、年齢別のおはなしやプログラムの組み方などといった本の本質部分は正直どうでもいいのだが(すまない)、こういう活動に興味のある人が読めば、得るところ大きいと思う。

――ルース・ソーヤーによると、「意識的に行われるようになったストーリーテリングのごく初めのものは、部族の人々が毎日やっていた労働のリズムに合わせてうたった素朴な歌でした。たとえば、穀物を臼で挽きながら、カヌーやカイヤックを漕ぎながら、狩や戦にそなえて武器を研ぎながら、あるいは祭りで踊りながらうたった歌などです。こうしてうたわれた歌はみな、一人称で語られていて、即興的にうたわれました。(以下略)」(P26)

「そっかー、物語の事始めは労働歌であったかー」と感激し、ノンフィクション作家の山村基毅氏の「木遣り唄」についての本のことなど思い出す。
こういう感じで気になった箇所を少し写させてもらう。
<この項つづく>



【No.1221】感染症、それともそれは…1月20日

ブログやらホームページの書き込みを書き変えてしまうウイルスが流行っていると聞いた。

眠る前に気が向くと、携帯でこのブログにアクセスして、字の書き間違えがないかどうかチェックすることがある。何せ一気呵成に結構な文字量を書き下してしまうので、ようやく書き終えるとホッとして、きちんと読み直して校正することがおろそかになりがちなのだ。
携帯画面で見ると、文字数が限られているので集中してチェックできるのである。

よくあるのが濁音が半濁音になっている(例:ボがポ)、ひらがな入力をしているのだけれども「る」のキーが反応が悪くなってきているので「いる」が「い」になってしまっている、主語と述語の対応がおかしいなど、そういったところ。とんでもない事実誤認もたまにある。

一昨日も携帯画面で読んでいたら、【No.1209】の記事の作家名をいろいろ挙げた箇所で、「司馬遼太郎」が「縛り陽太郎」になっていたのだ。

「(こん)にゃろ、ハッカーのやつ、日活ロマンポルノを哀惜しているなあっ!」と勝手に思い込んだ。
それにしても「縛り陽太郎」とは、なかなかいい名前ではないか。キャラクターが容易に想像できる。『坂の上の雲』で司馬遼太郎が再び注目されているし、『坂の上の雲』の英訳も進行するらしいので、ネット上の「司馬遼太郎」を一括「縛り陽太郎」にする作戦なのだな、そのようにして頻出キーワードを変換するソフトでも作ってしまったのだなと考えを巡らせていたのだけれど……。

また、そういう想像を後押しするものとして、ウイルスバスターは起動させても、最近入力から表示の時間がやけにかかるということがあった。これはきっと新型ウイルスに感染しているのかもしれないと信じ込みやすい材料があったのだ。

しかし、本当にそういう「いたずら変換ウイルス」なのだろうか。
「ょ」を「よ」と入力してしまうと、やはり「しばりようたろう」は「縛り陽太郎」で変換されるのである。
ウイルスは機械の中にではなく、自分の脳内にこそいるのではないかと認めるのが嫌だ。



【No.1220】大切にしたいもののつづき…1月13日

勉強会の課題で挙げた3つめと4つめの項目は下記の通り。

読み書き…本を読んで文章を書くのが好きだからということもありますが、こういうやり方をしないと人間は考えることをしないと思います。より深く物事を考えていくには、読んで書くことが大事でしょう。
また、読んで書くことは人間の特徴でもあります。
小説家の野上弥生子という人が、90歳まで1日に原稿用紙2枚の文章を書いていたらしく、大学時代の恩師が、それにならって自分も同じように書き続けたいと言っていました。その先生の米寿を迎えたお祝いの会が最近あり、私は行けなかったのですが、恩師が何時間か立ったまま昔と変わらぬ調子で講義をしていたと聞きました。
頭を鍛えておくと、いつまでも若くいられる、老けないということでしょう。そのようにありたいと思います。
ビジュアル…昨年観て大変感銘を受けた「忘れえぬロシア」展のニコライ・ゲー画「文豪トルストイの肖像」を図録よりコピー。執筆している場面である。そこに、雑誌「MOE」で見つけた、どこかの児童書専門店の書棚の写真のコピーを加えた。

思い出…米国の大きな企業の経営者などは、執務する机の片隅に家族の写真、楽しかったときの写真をよく飾っているらしいです。それは、しんどいことがあって挫折しそうなときに、写真を見て楽しかったことを思い出し、元気を取り戻すためらしいのです。
楽しかったこと、愉快だったことはいつまでも覚えておきたいもので、そうした記憶が私たちを形作っているとも言えるでしょう。
ここにあるのは、私が小学校低学年のときの写真で、岩手県の盛岡で一番古い小学校の木造校舎が写っているもの、入場料をまだ取っていなかった時代の小岩井農場での記念撮影です。それから、息子の写真も貼ってみました。
自分にとっての財産と言えるものが思い出ですが、良い思い出を残していけるように心がけて暮らしていきたいです。
ビジュアル…自分の古いアルバムのモノクロ写真と、息子のために作ったアルバム(たまたま作ってあったものを利用。ほとんどの写真は未整理のまま、うっちゃってある)から、比較的見られるものを選んでコピー。

思い出という項目は、何もアルバムに貼ってあることがすべてではなく、もちろん見聞きしたこと、語らったことなど、体験したすべてが含まれる。発表の場では触れなかったが、良き思い出だけでなく、にがい思い出、苦しい思い出もまた自分を形成するものだ。良いことよりもはるかに早く忘れていくが、そういったものにもまた一種の尊重が大切なのではないかと私は考えている。

この「思い出」という項目には、講師の先生があとで総括をしたときに言及があった。
子どものアルバムを自分たち親の宝物としてしまい込んでいる人が多いと思うが、そうではなく、なるべく目に触れやすいところに置いておくといいというアドバイスであった。子どもがそれを見れば、何がしか感じるものがあるはずだから……というのである。
以前、思春期に親と口をきかなくなってしまった子どもが、自分の小さな頃のアルバムを見て、徐々に態度が変わっていったことがあったらしい。どういう風に育てられてきたのかが、それを見て分かったのだろうということである。
私が古い写真を貼った意図は、そういうことではなく、むしろ確かなものは過ぎ去ったものだけという、今のこの現実への不安や戸惑いが表裏一体としてあった。だが、記憶は自然には回って行きにくく、アルバム、日記、書きつけのような記録が思い出として思い出すきっかけに働くことはよく分かる。

そういう意味において、ブログという体裁も働きは大きいものだろう。公開にしておけば、自分だけが見て思い出す道具なのではなく、他者のブログの書き込みを見て「あの時、自分はこう受け止めていた」と、人に思い出を提供することもある。共有の記憶装置たり得るものだとも言える。
営業目的やアフィリエイト実績を得るためにアクセス数を上げるには毎日更新、しかも1日のうちにちょろちょろ書き込みをすれば効果的である。そういう使い方がある一方で、「気分によって書きたい日、書ける日に書きたいことだけ書く、思い出になりそうなものだけ書いていく」というのもありだよね、と思う。

ノーストレス
ノープレッシャー
ノーマーク

しかし、ポリシーは若干なくはないという感じで、まただらだらやっていこうか……と。



【No.1219】大切にしたいもの…1月11日

敬虔なクリスチャンである教育者の私塾的な会で、昨年春から月に1〜2回ぐらい勉強させてもらっている。どういう勉強かというと、あまり具体的には書かないが人間関係に関することだ。
学んでいることには、そう興味は強くない。先生が素晴らしい人格者なので、この人の話は機会あればじっくり聞いておきたかったというのが正直なところである。

その会で課題が出た。自分が大切にしているもの、大切にしたいことを4つ挙げ、それを模造紙にコラージュとして表現し発表するという内容。できれば答は伏せておくようにする。発表を聞いてもらうときに人に当ててもらうように作るということであった。

項目を挙げるのは簡単なのだが、どう表現するかということがとても難しかった。私は材料探しに丸1日かけたのだが、「ネットで検索すればすぐ出てくるから、仕事から帰って、夜にちょっと取り組んでできちゃった」という人もいた。そうか、検索って、そういう風にも使えるのか。だから、同じビジュアル材料をたまたま使っている人がいたのか。

とりあえず前半ということで、昨年内の会で10人ほど発表を終えた。したところ、「家族」「健康」「向上心」「笑顔」「趣味」「仕事」「伝統文化」「愛」「信頼」「絆」「勇気」というような項目が上がった。それぞれに、雑誌やパンフレット、チラシや本の挿絵、ネットの画面などから写真やイラストをコピーしたり切り抜いたりして表現している。同じ「家族」という項目であっても、人による表現の差で新鮮さがあり、面白い。
「家族」という項目を挙げる人が多かったのは、参加者が同じ学校の保護者だからということもある。これが若い世代ばかりの会や高齢者中心の会、職場の会などであれば、全く違うものが挙がってくるのではないか(日本の職場なら、「協調性」を真っ先に挙げないと給料下げられるかも……)。
飲み屋で話が尽きたら、一度試してみそ。
私の場合は、「家族」「仕事」……のようにストレートな言葉は敢えて避け、含みのあるような言葉を選んでみた。その方が10年先、20年先でも変わらないのではないかと思えたからである。変わっちゃいけないというルールはないけれど……。

という、私の4項目。
「資産」
「家名」
「経歴」
「若い愛人」
誰ともかぶらなかった。

………。

まあ、現実にはなかなかそのようにカッコよくはさらけ出せない。
仕方ないので、次の4項目について、それぞれに続けたような説明をしたわけである。会にふさわしく調整した感も否めなくない。項目は発表順であり、軽重の順ではない。

「食べるもの」…食べもの一般ではなく、実際に口に入れるものとして考えました。自分が口に入れるものの他に、家族が口に入れるものという意味合いもあります。食いしん坊なので食べるものが好きということもありますが、食べるものは人の命を生き永らえさせるものとも言えます。
最近では、食べるものによって人間が作られる、生き方の状態が左右されるようにも感じています。
実家では小さいころ、親がよく、高度経済成長時代に経団連の会長を長く務めていた土光さんの食事が質素であったことを話していました。彼は「メザシの土光」と呼ばれていたらしく、質素な食べ物が実直な生き方を反映するという意味で取り上げられていたようです。
「えっ、それを言い訳にきょうはこの質素なおかず?」ということもありましたが……(笑いを取る部分なり)。
私も食べものが生活の状態を反映するということはよく分かります。例えば、若い時代に、仕事で帰りが毎日真夜中近くになってしまった頃には、余裕がないので、コンビニやスーパーで何か買っていい加減に済ませてしまうようなこともありました。子どもができると栄養のことや添加物のことも考え、バランスのいい食事に変わってきました。今はお弁当のおかずに豆を煮るようなこともあって、それは精神的なゆとりがあるからこそできることなのだと思います。
ビジュアル:1992年に国立西洋美術館で見た「スペイン・リアリズムの美」展図録よりイ・レオーン「果物と小鳥」の絵を利用、他に食材宅配の新聞折込チラシからグラタンやカレーの写真などを切り抜き

「ひとこと」…「あの時、あんなひとことを掛けなければ良かったのに……」と悔いることもあれば、「あの時、あのひとことさえ掛けておけば良かったのに……」と悔いることもあります。折に触れ、タイミング良く、その場に合ったひとことを発する難しさをよく感じます。
声掛けはとても大事です。
そのひとことによって、人間関係が進展していくこともあるでしょう。その場だけの出会いであっても、いつまでもそれが印象よく思い出せることもあるでしょう。相手にとって掛けてもらいたかったひとことを発することができるよう、考えながら日々言葉を掛けていくようにしたいものです。
最近は、お店で買い物をするだけでも、少しでも店員さんと良い時間を持てるように何か声を掛けるようにしています。それによって互いに楽しい思いができたり、相手から思いがけない情報をもたらされたりすることもあるので、ひとことの大切さを知ることが多いです。
ビジュアル:映画「日の名残り」のパンフレットから撮影風景の写真をコピー。スタッフや出演者が会話しているような写真があったので、そこに手描きの吹き出しをあしらってみた。
<この項つづく>



【No.1218】ちらっと書店クルージング…1月10日

昨日は、おはなし会のついでに、2軒の大型書店を少しだけのぞいた。

講談社の版がずっと切れていた『ザ・ギバー』が新評論から新訳で出し直された。題も『ギヴァー』と改められている。新評論はレーナ・クルーンの新刊も出ていた。まだ読んでいない作家だ。もう何冊かが地道に出されている。
『ギヴァー』の巻末には、愛好会みたいな組織のメンバー名もずらり挙げられていて、何か不思議。
カバーはいい感じである。やはり白地で、「白」が来ていますね。
これ、何で講談社文庫に入らなかったのか。ルイス・サッカー『穴』みたいな評価の高いYAだったのに……。
新装復刊はタブッキの『島とクジラと女をめぐる断片』も、昨年に出ていた。『イタリア広場』が発刊されたことがきっかけとしてあったのだろうか。これも「白」なのよ。
それにしても、『イタリア広場』は誤植が6〜7ヶ所、普通に読んでいて目に入ったのだけれど、どうしてまた白水社でああいう形で本が出てしまったのだろう。何か悲しくなってしまったのであった。

上の2冊はインパクトある表紙で、面白そうな海外小説だな……と思った。

絵本はこの2冊をチェックしてみた。
お料理の作り方絵本は結構いろいろ出ている。『からあげくん』『たまごやきくん』『サンドイッチサンドイッチ』『おにぎり』などど並べてフェアも面白いよね。フライパンやおなべやでんきがまなどの絵本もいっしょに並べて……。
武田美穂氏『ハンバーグハンバーグ』は、ナツメグが入っていないのだった。小麦粉もまぶさずに焼くし、焼くときにワインも入れない。子ども向けの本だから、おいしく仕上げるコツまでは省略しているのかも……。画面数調節だとは思うが……。
邦訳ケビン・ヘンクスは絶好調。『はるまちくまさん』は冬眠から覚めたクマの話なので、春先に読みたい。
このように並べるとクマがハンバーグを食べるみたいで面白いでしょ?



【No.1217】年末年始雑記あれこれ(3)…1月5+6日

◇一族郎党、親戚が集まるような場所には顔を出さなかったのだけれど、年賀状をもらったり、帰省の報道などを見ていたりすると「血のタテ糸」みたいなものは意識する。
そういう感じて気になったのが、リョサ『楽園の日々』に登場したゴーギャンの祖母フローラの書いた本『メフィス』、そしてダーチャ・マライーニの父が書いた本『随筆日本イタリア人の見た昭和の日本』だ。ナタリア・ギンズブルグの息子の本『糸と痕跡』は、何となく3冊並べたかったもので、おまけ。

日本にとって、ダーチャの父は、能登の海女やアイヌなどの研究で、また登山家として大切な人物だったと知る。ダーチャ・マライーニのエッセイに、戦時下の日本で監察下に置かれていたような時代、食事によく出されていた大根がまずくて食べられなかったというような記述があった。それを読んで、味をよくしみさせたブリ大根でも作って食べさせてあげたいものだと思ったが、民俗学者である父親が、物好きにもはるか極東の地で、宮本常一的な貴重な研究をしてくれていたのだ。
なかなか民俗学ジャンルまで手がのばせはしないのだけれど、海外小説を読んでいるのでフォークロアには興味がある。資料的なものはちょっと辛いけれども、随筆として書かれたものであれば、読んでみるのもいいかもしれない。

◇きょう(6日)は午前中病院ボランティアをしてきた。帰りに書店おはなし会2軒用のプログラムを充実させるため、書店で本探しもしてきた。
立ち寄ったのは新宿ブックファースト。棚差しから良い本を掘り出したぜぃ。

1月11日は鏡開きだけれど、それにもってこいなのである。あずきを炊いているのでございますよ。
去年出たのは知っていたけれど、おしるこを作っているとは知らなかった。
トラではなくネズミなのが残念だけれど、♪あぶくたった♪を唄ってもらいながら会を進められるし、家族のメンバーが次々出てきて、だんだんにぎやかになるのでとても楽しく使えると思う。もちつきのわらべうたと組み合わせてやるもよし、『もちづきくん』『おもちのきもち』『おもちぶとん』などの絵本と利用も可。お正月遊びや干支ネタと併せ、プログラムが組める。
11日前後まで使えそう。ここ1週間の特押しである。時間ができたら、後日bk1に紹介を入れま〜す。

◇「おしゃべりも三文の得」っちゅうか、それほど景気が冷え込んでいるっちゅうか、そういう話なのだが、何と、食料品以外でデパートで値切って買い物をしてきた。
白っぽいインド綿の玄関マットを長年使いつづけ、あまりにみすぼらしくなってきたため、いい加減何とかしないといけないと、ここ数年思っていた。それで今季セールでいいのがあったら買おうかと思っていた。新宿の2つのデパートを見て、そう期待はしていなかった後の方に、「おお、これはいい色合い」というものを見つけたのだ。しかし、大まかな予算より1万円ほど高かった。
「ああ、いいお値段だわ〜。うちにはちょっと分不相応のような気がする。これで○万ぐらいだと良かったのだけれど……」
「今、見せて頂いた瞬間に、ぱっといい色だなあと思ったのですよ。う〜ん、行っちゃおうかとは思わなくもないけれど、玄関マットにこんなにお金を出したら、主人が何と言うかしら。でも、○万だったとウソつくことにして、買っちゃう?」とか何とか、年配の紳士である売場担当者といろいろ話していたのですよ。セールなので、当然赤札ついています。
すると、「奥さま(←ここ、注目!)、年明けのセールの時期ですからね。少しはお勉強しますよ」と言われた。びっくり!
「ええっ! でも、ここ、デパートですよね」
「年明けということで……。デパートのカードはお持ちですよね。それでも少し割引になりますし」
「持っています。それに、ポイントがあるわ。それで、○千円は安くなるわね、発券機はこの階にありますかしら」
「あちらに……」
それで券を出してきたのだが、何とセール価格からさらに1割引ぐらいしてもらえたのだ。
でもまあ、冷静に考えると、二次値下げでそのぐらいまでは下げられる予定のものだったのかもしれない。
「ご親切にして頂いたこと、きっとこれを見るたび思い出します。楽しいお買い物をさせて頂いて、お付き合いくださって有難うございました」と挨拶して帰ってきただよ。
私は買い物をするたびに、最近意識的に話すんだよね。だって、販売職の人は元気ないでしょ、今……。
だから、なるべく商品について突っ込んだ質問をしたり、きれいにネイルした若いお嬢さんを見たら「かわいいわね、それ」と声かけてみたりして、相手の笑顔が見られるようにする。その方がこちらも楽しいものね。



【No.1216】年末年始雑記あれこれ(2)…1月4日

◇「年の初め、しょっぱなはきれいな本でも眺めたいなあ……」と思って、暮れからこの絵本を借りておいた。

ちなみに暮れから今に至るまで読んでいるのはガルシア・マルケス自伝『生きて、語り伝える』なのだけれど、読んでいくうちに、「あれ? このエピソード、小説ではどこにどう出てきていたっけ」と思い、『百年の孤独』を取り出して見ているうちに、その再読も併せて行うような形になってしまっている。
併読、交互読みの効果というか混乱というか、いろいろな時代、いろいろな場所のコロンビアが頭の中でぐちょぐちょに展開するカオス感を楽しんでいる。
いろいろな食材や味が胃の腑の中ではぐったぐたになるのと同じ。どうせ本も、読み終わればまたたくまに、いくつもの断片が既読本とかき混ぜられてしまう。混ぜられてでも頭の中に残っていればまだいいが、かなり大切な要素まで忘れてしまう、私の場合。

『雪の結晶ノート』は北海道生まれで北海道在住の千葉茂樹氏の翻訳。『雪の写真家ベントレー』もそうだったけど、雪とのご縁が深いだろうから、ぴったりなのではないだろうか(『つららがぽーっとん』の小野寺悦子氏は確か岩手県出身だったような……)。
内容の方は、「小さな『ちり』がないと雪の結晶はできない」ということから始まっていて、それが暗喩っぽくて気に入る。
ちりとは、火山灰や火事で出た灰、花粉、海水の塩分、土ぼこり、木の葉についていたバクテリアなどだそう。それがあるからこそ、水蒸気がくっつくことができて結晶が形成されていくのだ。
「風の前のちりに等しい人間存在も、そのようにして生かされていくことがあるという意味かっ」とか何とか、ありがちな「たとえ」に落ち着きながら、そういう感覚で眺めてしまう理屈っぽさを拭い去りながら読みたいと思いつつ読んでみる。
巻末に雪や氷研究の世界的権威であった中谷宇吉郎博士の「雪は天から送られた手紙である」という有名な言葉を見つけたので、博士の岩波少年文庫に収められたエッセイ集を思い出し、ついでに貼っておく。

雪に詳しいといえば高橋喜平もいただろう。 『あんな雪 こんな氷』は、子どもの本関係者で好きな人が多いと思うけれど、講談社はもうこのまま「しかと」という態勢のようだ。その辺がどうも大手総合出版社・児童書部門の限界で、良書は大切に売り続けよう、売り続けたい(現実にはできないけれど)という子どもの本専門の版元とは違う。
岩波はそうじゃないって? 岩波は総合出版社だけれど、規模は大手ではないという認識。

子どもの本で雪関係はいろいろあるけれども、「へええ」と思ったのは、こちらの2冊。

左の本、堀内誠一さんが宮沢賢治童話にさし絵をつけていたんだーと思った。
右の本は、乗物の絵本作家の大家・横溝英一氏のものなのだけれど、確か御年80歳近くなられたはず。新作なのだろうか。それとも前に作ったものが本にされたのか。雪国で活躍する電車の車両が出てくるみたいで、他には見かけないジャンルだけに、行く行くきちんと内容を確かめておきたい。鉄道同好ブームらしいので、こういう絵本もフェアで並べて売ってあげてほしい気がする。

◇そうそう、昨年は「牛」絵本を少し並べてみたのであった。
書店には、暮れから「トラ」絵本が並んでいた。
『トラさん、トラさん、木のうえに!』という絵本が好きなのだけれど、それはまだ見かけていないな。


◇鳩山首相もtwitterとブログ始めたって、さ。オバマ大統領とフォローしたりされたりしているのだろうか。自分はしているけれど、相手からされていなかったりすると、カコワルー。
暮れに、「プライバシーを逐一さらけ出そうというtwitterと、友だちが友だちを紹介していく結果、友だちの意味がよく分からなくなるmixiとどっちがダサいか」についてチラと考えていた。しかし、「人にきちんと読んでもらえそうにない長文ブログを書く人が一番ダサいのではないか」と思い当たり、それ以上考えるのは、よしにした。
twitterは「Astro_Soichi」氏が宇宙から「あけましておめでとう」を言ったり、初日の出を何回も見たりしたというのがカッコいいよね。
<この項つづく>



【No.1215】年末年始雑記あれこれ(1)…1月3日

◇1日飾りは良くないからと、30日に飾った鏡餅。
スーパーでよく積み上げられて販売される、あの鏡餅の形をした中に小さな丸餅が入っていて、葉付きみかんに至るまでプラスティックでできているという何とも不思議な伝統文化品もどき、そのパッケージに小さなしおりが入っていて、「年神が年魂をもたらす」という記述にハッとさせられた。
知らなかったー、この年まで……。

「お年玉」というのは元々、100円玉や50円玉など、年を重ねたお祝いに硬貨を子どもに与えるものだとばかり思っていた。「玉」はコインとイコールなのだと、それ以外考えたことはなかった。
もっとも、「おっかいもの♪ おっかいもの♪」という西武・そごうグループバーゲンCMの節で「おっとしだま♪ おっとしだま♪」を年末歌い続けていた息子やら、親戚の子やらには玉で済むはずがなく、手の切れるような新札を早々に用意しておいた。
その「年玉」が「年魂」に由来するものであったとは……。

年神が福を連れて入来してくれるように、門扉やら玄関やらを掃除し、松を飾り、東南から西北に抜けて行く神の軌道にも汚れがないようにするのだという意識で、いつもよりはましな程度に掃除して用意していたつもりであった。
しかし、福を連れてくるというよりは、1年を生きるための「年魂」を授けにきてくれるということなのである。これは何とも素晴らしく作られた新年のための物語ではないか。
その他、新年にまつわるあれこれについては、こちらの大津は三井寺の随筆に解説があり、なるほどと興味深く読めた。おせち料理の意味については、実家の食育の場で聞いていた通り。

◇この三井寺のホームページ、眺めていて非常に面白いのである。
物販のページもあるが、「霊泉糖」とは「どういう砂糖?」と思ったら、「天智・天武・持統の三帝が産湯に用いられた『三井の霊泉』の湧き出る様を表したさっぱりした吉野葛入りの葛飴」だという。 「伝説干菓子『御井』」は、ゲゲゲの鬼太郎の目玉おやじのような形をしていて「ええっ!?」という感じだが、その縁起は「近江八景『三井の晩鐘』にまつわる竜神伝説、竜神が琵琶湖の漁師との間にできた赤子のために自らの目玉を分け与えた母の愛情の形を菓子に託したもの」であり、「赤子に握らせた自らの目玉を、聖智にあずかるべく金剛界の五仏に因み……」ということで大日如来や阿しゅく如来などに対応した五味があるらしい。
何ちゅう商品企画力であろうか。
そして、こちらにある精進料理のレシピがまた素晴らしい。魚を使わない「舌平目のムニエル」の作り方はじめ、季節の食材を活かした美しい料理の数々が紹介されている。

◇「年魂」と響きが似ていて思い出すのは「言霊(ことだま)」である。
柿本人麻呂と山上憶良が表現した「やまとの国は言霊の幸はふ国」――「言葉に魂や霊を宿らせる、言葉には魂や霊が宿っている」という思想があるからこそ、日本人はここぞの一言を大切にする。

昨年リービ英雄氏の話を聞いた際、この大和魂の根本のところを、山上憶良という半島からの帰化人説もある人物が詠んだということに注目すべきだという指摘をしていた。それは大陸渡来の漢字を利用した日本語表記という背景を踏まえての言及であった。

めでたい日に使う言葉、悔やみの席で避ける言葉など、冠婚葬祭のときに私たちは口にする言葉の作用に敏感になる。
「年玉」に「年魂」という意味を込めることも同じだろう。おせち料理の名も、掛け言葉で意味を重ねたものばかり。数の子は子孫繁栄を願って食べるのだし、黒豆には「豆に働けるように」という思いがあるし、「田作り」は水田を肥沃にするためのイワシを使って豊作を願うものである。
このような言葉遊びによる願掛けが多い文化が特徴なのだ。
年賀状で「謹賀新年」「賀春」「賀正」「頌春」など、めでたい言葉を書くのも、言霊を込め、相手の幸いを祈願するのだ。年魂の一年安らかなことを願う行為なのだろう。そして、宛名を書きながら、相手の名付け親がその名にどういう意味を込めたのかを推察してみる。漢字表記でもかな表記でも、そこには何かしらの意味や、意味を匂わせる響きがあるのだ。
<この項つづく>



 

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