◆〓本のシャワーにさらす肌〓◆
【No.744】「ブックハウス神保町」リポート…11月23日

21日の月曜日、話題の書店「ブックハウス神保町」へ行ってみた。先月12日にオープンしたばかりの児童書の店である。オープンから10日もしない21日、朝日新聞の夕刊「文化・芸能欄」に大きな紹介記事が出て、ゆったりした本を読む場所が中央にレイアウトされた店内のカラー写真が目を惹いた。
お店の公式サイトがこちらで、店内は雑誌「おひさま」のこちらの記事でよく確認できる。

このゆったりしたスペースを見て、すぐに「やりたい!」とひらめいたアイデアがあり、行こう、行こうとしていたのだが、何だかんだの用事で、一昨日まで延び延びになってしまったのだ。

ゆったりした読書空間のある児童書の店というのは、ぱっと見たときの話であり、ここはある意味、再販価格維持制度の橋頭堡として作られた場所なのである。
以下、朝日新聞の記事を参考に書かせていただくと、小学館グループの流通会社である昭和図書が経営に当たっている。出版界が公正取引委員会から「自由価格本」すなわち「セール本」を増やすように指導を受けており、それに応じながらも再販制度を守るため、採算度外視で始めた実験的要素の多い店なのである。たとえば、万引き防止及び商品管理用のICタグが本にはさまれていたりする。絵本を読んでくれる巨大なクマのぬいぐるみがいたりする。

内装費ほかに5000万かけたという店内は、欧米の格式ある書店のような作り。本は新刊流通本、自由価格本ともに点数をしぼり、ゆったりした陳列。オーク材かな? シックな本棚が中央のソファとテーブルで構成されたくつろぎスペースをぐるり囲んでいる。その本棚のなかに、ガラス扉付きのニッチが設けられ、おもちゃや人形などがきれいにディスプレイされている。
以前、大手スーパーマーケットの名物バイヤーに、「本の陳列っていうのは芸がない。かさばるから並べて売るより仕方ないのか。POPにしても、本を積んだところにちょっと添えるだけだもんな。それに比べるとCDのPOPはいろいろな工夫があって、店内装飾に大いに役立つ」と言われたことがあった(でも、作家はミュージシャンのようなビジュアル系は皆無に等しいので、等身大のPOPを作っても逆に売上が落ちそう。別に作家像でなくても構わないけれども)。そのことについて知恵を出そうという努力はしていたが、業界から足を洗ってしまった。
この店は坪当たり1時間いくらの売上を上げなきゃいけないという種の店でないから可能になったことだが、このような本の置き方、陳列には、今後の書店のあり方を問う意味もあるかもしれない。画集を中心に売る書店で、コンセプトが似た店は今までにもいくつかあると思う。

私は「児童書店」のつもりで出かけていったので、入って左側の棚一面が、大人向け(このお店では「ファミリー向け」として子育てや料理本、子どもの文化の本などに力を入れている)自由価格本であることに驚かされた。
特に驚いたのが、筑摩書房の書籍が多いことで、「おう、おう、こんな本がある」と、そこを中心に見てきた。
ほしい本を2冊買ったあとで、店長の吉永祥三氏とお話ししたのであるが、その筑摩コーナーは言ってみれば「店長自ら買い付けの蔵出し本(「蔵出し」の意味がちょっと違うかな)」ということであった。この店の狙いに共感を覚えた筑摩書房の社長の肝煎りで、吉永氏が倉庫に行って「これは」と思う本を仕入れたということであり、特に力の入ったコーナーなのだ。
どの版元でも似たような事情かと思うが、オンライン上では「品切」となっているが倉庫には眠っている、しかし、いつ断裁処分になるか分からないという事情の本かと思う。

その筑摩コーナーから、1998年初版の小野寺健『英国的経験』(本体2200円のところ50%off)と、新刊流通本のクリスマス向け童話を1冊購入した。小野寺健氏は数々の素晴らしい英文学作品の翻訳で知られ、この本をパラパラめくると、イーヴリン・ウォー、ヴァージニア・ウルフ、フォースター、コンラッド、カズオ・イシグロなどの名が目についた。
よく考えてみると、「自由価格本1冊/新刊流通本1冊」「児童書1冊/一般書1冊」というこの内訳は、「ブックハウス神保町」のあり方を象徴するような買い物だったかもしれない。
オンライン書店ビーケーワン:とびきりすてきなクリスマス
この童話の方は、昨夜読んだので、いずれ書評を投稿してみたい。



【No.719】文学で評価すれば賞…10月12日

きょうの朝日の夕刊、国際ニュースがかたまっている面に、割と目立つ囲みで「ゆれるノーベル文学賞」の見出し。パムクというトルコの作家に授与するかしないかの話が、昨年受賞のイェリネクというオーストリア作家の作品が「暴力的で扇情的」だったという理由で選考委員が辞退する話に結びついていかない。
「何で?」としかこの記事では思えないけれども、イェリネクの受賞もオピニオン・リーダーらしい政治的発言があった後だった。政治姿勢や思想的立場を配慮して作家が評価される傾向に対し、たまっていた膿みが一気に噴出したということなのだろうか。
オンライン書店ビーケーワン:わが名は紅オンライン書店ビーケーワン:したい気分
世論に対する政治力がある作家でないと先ず足切りされてしまうとか、権威にふさわしい作家の枠を選んだあとで、発言力を加味して決めるというような判断が働いているとしたら、「文学」の賞としては何かおかしい気もする。しかし、「ノーべル」の賞だから、そこは仕方ないのかもしれない。
このあたりは、作家がどうあるべきか、あるいは文学はどうあるべきかという大江健三郎氏の問題意識につながり、それが自身の名を冠した文学賞創設、本当の意味で「世界の中心」に向けて叫ぶ小説誕生の手助けを…という流れに結びついていくのだろうか。
しかし、作家がなすべきは、やはり人を奥深いところで揺さぶり変えていく何かを書いていくことではないか。そんな根本的なことしか考えられない。書くことに突き当たるものがある場合は、田中康夫、石原慎太郎のような生き方もある(どうも後者はよく分からないのだけれども…)。
そもそも「どうあるべきか」の問いを発する前に、書いてしまうのが作家という気もしないでもない。その意味では、純粋な文学のジャンルより、ファンタジーやSFの作家の方が、文学の意味に対して真摯な印象を受ける。政治観よりも世界観、宇宙観が大事であろうし…。

こうして並べてみると、趣味としては、2冊読んだだけのゼーバルトの早すぎた死が惜しまれる。彼が受賞していれば、「またもや、ユダヤ…!」の声を上げてしまいそうではあるけれども。

えー、Complete Reviewのweblogは、すでに「ノーベル祭」と化しているようですね。



誇るべきファンタジー…6月29日

そうなのだ。日本のファンタジーの最高峰である別役実『そよそよ族伝説』が復刊ドットコムの動きでブッキングから1巻ずつ出されているところなのだ。

第1巻の「うつぼ舟」が5月に出たのにつづき、第2巻の「あまんじゃく」も7月の日付の奥付で出た模様。あと1巻で完結。
先日、リアル書店で確認したところでは、版には変更がない様子だし、新たに誰かの蛇足な解説を所収する付加価値もないようなので、買わなかったけれど…。

元の版元の三一書房は、経営側と組合の争議がまだつづいているよう。在庫の倉庫はまだ社員が泊り込みで守っているんですかね。もともと極左の版元で、あんなことになっちゃって…。増刷でなく、こういう形で本が蘇るのは、編集者にとって嬉しくもあり悔しくもあることだろう。

bk1の書評では、この本のように「いい本だった。好きな本だ」というものにほとんど投稿をしていない。再読して、きちんと書いてみたい本は山のようにあるのだけれど、あいにくまだ立て込んでおり、今週はほとんど読めていない。
明け方にブラジル−アルゼンチン戦があるんじゃ見ないわけに行かず。そのために明日の午前中にするはずの仕事を今からやって…。



読みたいな…5月31日

「忙中閑」で立ち寄った書店で見かけたこの本、キルスティ・マキネン編著『カレワラ物語』、先日もここにちらと書いたフィンランド国民叙事詩「カレワラ」の入門にいいかな。今月出ていたのね。
表紙で直立してシャワー浴びているのは、レッサーパンダくんならぬクマのようですね。



【No.610】メイド姿の書店員…4月1日

◇京都行のつづきを書かずに、珍しくネタ振り込みだが、森薫『エマ』という漫画売り込みのために東京の聖蹟桜ヶ丘の書店でメイド姿の書店員さん登場ですって。
『エマ』という英国ヴィクトリア朝時代を舞台にした漫画が流行っているという情報はおぼろげながらキャッチしていて、てっきり数年前に映画公開されたジェイン・オースティンの『エマ』が原作なのだろうと思っていたけれど、上流階級の名花の話ではなく、メイドさんとリッチな商人の身分違いの恋の話のようで、漫画のオリジナルなのだね。もうすぐTBS系でアニメも始まるタイミング。盛り上がっている模様。

◇テリー・ケイ『白い犬とワルツを』(新潮社)という本が千葉の書店員発案のPOPで売れ筋となって以来、書店員の露出が出版界に増えた。その年のベスト本のアンケート回答やら、サイトからの情報発信とか。それについては特に意見はないのだけれど……。
元々小売業というのは従業員が重要なお客であり、たとえばデパートやスーパー、その系列の社販などというのは売上アップのための大きな期待材料。まぁ、ダイエーの場合には、生鮮食品の鮮度が良くないので従業員がよそで買い物しているらしいという話も聞いたことがあるが、新任会長の林文子氏、センス良く、たおやかでありながらぴしっとした素敵な人なので大いに再生を期待したい。高卒(都立青山で優秀なのだろうけれど)で子持ち主婦で1年に車145台を販売したって、何かいろいろな人から期待される、明日の日本を支える逸材という感じがする。

◇お稽古や塾にさんざん通わせた挙句、大学を出たらニートなんて名称で社会的に認知されたりすると親も大変そうだ。働くことの大切さを伝えるためには、私も暇のあるときについうっかり昼寝姿など見せていてはまずい。最近、小3どころか小2から中学受験の進学塾に通わせているという人もいて、愚息のまわりも随分行き始めた。さすがにその辺が世田谷区らしいというか、息子の通う小学校では昨年度の6年生の8割ほどが受験をしたらしい。本気で入れるつもりがなくても、体験としてさせると聞いた。
学歴崩壊時代なのに、塾に年間40万円払い、夕飯のお弁当を作って持たせるって…かなり考え込んでいますよ、私は。少子化だから受験意識を早くから目覚めさせ、個別指導などで1人当たり単価を上げるという受験業者の生き残り作戦なのだろうけれど、術中にはまるというか、子には勝ち組の思いをさせたい一心ということなのだろう。

◇しかし、メイドのコステュームって西洋文学的には結構危ないものがあるので、つまりクーヴァー『女中の臀』(思潮社)とかアトウッド『侍女の物語』(早川書房/文庫あり)とか…傘の柄の先にレンズつけた人にスカートの中を盗撮されたりしないよう、老婆心ながら注意を喚起されたし。



【No.606】カズオ・イシグロ新作…3月23日

Never Let Me Goという、クローン人間の出てくる過去の時代のSFが4月発売になるそう。しっとりしたものを期待するので、『充たされざる者』のようなドタバタでないといいけれど…SFか。Amazonからご案内メールが来た。
表紙は、何となく『シンセミア』に似た構図だけれど、こちらは品が良いなと思う。



【No.535】疑問…1月19日

◇新しく出る『プレイヤー・ピアノ』カート・ヴォネガット・ジュニア(ハヤカワ文庫)って、岩波文庫や新潮文庫のような改版なのか。つまり字詰めをゆるやかにして、表紙装丁を変えるということ。
ページ数は古いのに比べて確かに増えている。古い方を買って積んでいるのに、新しい方が表紙が好きなタイプだったりするとしゃくだ。きょうハヤカワ文庫の棚の前に人がいたので、遠慮して出ているかどうか見てこれなかったのだ。早川のサイトにも、いまだ情報がアップロードされていない。
<追記>きょうになって表紙画像が確認できるようになっている。ページが少ない古いものと同じ和田誠氏の装丁だ。(1月21日)

◇プリースト『魔法』(ハヤカワ文庫)も出るか出ないかのタイミングみたいだけれど、これもリアル書店の棚で確認できずに帰ってきてしまった。同作家の話題作『奇術師』も一緒に読んでみたい気はしている。おしゃれというか、趣味の良い読書ができそうな気がしているもので。



【No.439】2004ザ・マン・ブッカー賞+追記…10月20日

きのうザ・マン・ブッカー賞が発表された様子。
Alan HollinghurstのThe Line of Beautyという作品だそう。ブッカー賞、ヤン・マーテル『パイの物語』(竹書房)で何かテンション下がってしまったけれど、手ごたえ大きい良い作品であること、邦訳書の刊行に期待。
*=*=*=*=*
英米文学カフェのニュースで、ちゃんと日本語で紹介してくれていますよ。便利だなぁ、このサイト。本命視されていた作品と違ってしまったみたいだね、受賞作。
私が洋書を手に取っては眺めて気にしていたピーター・ケアリーのMy Life as a Fakeも未訳文学のコーナーに詳しい内容説明あり。『ケリー・ギャング真実の歴史』(早川書房)に対してのFakeというわけか。My Life as a Dogの映画に掛けているというよりは…ふむふむ。『ケリー・ギャング〜』は良いブッカー賞だと思って読んだ。



【No.429】松たか子のブレヒト劇…10月13日

来年はじめ世田谷パブリックシアターで松たか子さんが「セツアンの善人」についでブレヒト劇「コーカサスの白墨の輪」に挑戦するそう。
わぁ、どうしよう。行きたいけれど、さっさとチケットを買って大丈夫だろうか。



【No.419】大きな小説『見えない人間』新訳…10月8日

ラルフ・エリソン『見えない人間』(南雲堂フェニックス)が新訳で出た。びっくり企画だね。上巻下巻の2冊構成で、ボリュウムありそう。
旧訳は早川書房から40年前に出ていて、復刊ドットコムでは一桁のリクエスト。しかし、例のこちらのリストの割に上位にランクされている(左の表の19位/左の表のさらに上の方にある作品を図書館の保存庫から出してもらって読みかけているが、えらくボロボロで、持つたびに修正テープのバリバリになったところが指を傷つけそうで難儀している)。
『見えない人間』の方は、社会派小説としてバリバリだと思うので、そういう気分に向いたタイミングでいつか読めればと思わなくもない。



【No.418】ハ・ジン“War Trash”…10月7日

『狂気』(早川書房)の邦訳が出て、思い切った共産主義批判に驚かされたばかりだが、その新刊の訳者あとがきにあった「次作は朝鮮戦争の話」が海の向うで発刊された。War Trashである。AmazonはPublishers Weeklyの紹介文しかついていないので、エィミ・タン他の評が出ているPowellsのリンクで…。

こういう原書を素早く手に入れて、サクサクっと読んでレビューをつけるとかっこいいし、有意な情報として出せる気もするが、買ってみる洋書はほとんどひとつの「かさ」を成して家のなかに存在している。邦訳が出るのを待ち、「ほーほー、この好きな部分はこういう表現なのね」と眺めるぐらいが関の山となり…。「和書10冊読む代わりに英書1冊を」と思うけれど、逃避している。要するに意志薄弱なんですね。



【No.414】『仮往生伝試文』復刊確定…10月5日

古書価格が高騰していた版元品切れ本、古井由吉『仮往生伝試文』の年内重版が確定したと復刊ドットコムよりメールが来た。河出書房新社ですよ、またしても…。

ロレンス・ダレル4部作も「まだぁ〜?」とついでに確かめたいが、綿矢りさたむが新作でも書いてくれて、益々勢いが増してくれることを切に望む。りさたむの本、立ち読みすらしたことないのだけれど(お話はいいのかもしれないけれど、あの下品な表紙を持ちたくないのだよ)。

と復刊に盛り上がっても、古井作品は『杳子・妻隠』(新潮文庫)を20年ぐらい前に1冊読んだきり…。谷底にひざをかかえてすわっている(確かそうだったはず)杳子のファーストシーンが今も鮮烈だけれど、何より「杳子」という命名がすごいと思う。それだけをもってしても日本文学史上に強く刻印された名前というか…。
「杳として行方が知れず」の杳子だもんなー。「舵」くんという男の子の名前の漢字がようやく戸籍に記載できるようになったと新聞に出ていたけれど、「杳子」はどうなのだろう。

伝試文は難解な文体らしいけれど、とりあえず買うだけは買いたい。

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【No.413】『山猫』新装刊…10月5日

ヴィスコンティ映画祭、ならびに新宿タイムズスクエアでのニュープリント上演にタイミングを合わせて、ランペドゥーサ『山猫』が新装刊で出た。
ちょうどダーチャ・マライーニでシチーリアの話をしていたところだったので、この本のことは何回も頭をよぎっていたわけだが…。

「つべこべ言わずに、とにかく読め!」という種類の小説だ。読んでいるだけで、ゴージャスな気分に浸って昂揚してくる。そして、最後は言いようのない哀切にとらわれる。
何とバート・ランカスターにシチーリア貴族を演じさせたヴィスコンティの慧眼に驚きつつ、「われわれは山猫だ」のセリフにしびれ、大勢の人びとがぐりんぐりん踊り回るシーンで憔悴するような映画体験も、可能ならばぜひ!! アラン・ドロンも美貌の絶頂期かと思う。
私は劇場で2回観て、ビデオで3回ぐらい観ているかも(「ルードヴィッヒ」の鑑賞回数と混ざって正確に覚えていないけど)。
古い文庫も持っているが、新装も手に入れて、ぜひ紹介文を書きたい。



【No.406】ナチスに消されたサッカー選手たち…9月29日

ちょいと本の検索をかけていたら、【No.404】で貼った藤原編集室「本棚の中の骸骨」業務日誌に跳び、興味深い新刊情報をキャッチできた。ナチスのチームと戦って勝利したため選手が死に追いやられ、チームが壊滅状態になったロシアのフットボール・クラブのノンフィクション、『ディナモ ナチスに消されたフットボーラー』(晶文社)である(訳が、『センス・オブ・ワンダー』の編集者だった千葉茂樹氏だ)。この事件の話は、村上龍のサッカー・エッセイ『奇跡的なカタルシス』(光文社/知恵の森文庫もあり)で知った。
「本棚の骸骨」のあらすじによれば、試合は2日に分けて2回行われ、その後ディナモ・キエフの選手たちは強制収容所送りで生還した人もいるということだ。
私は、ナチスのチームに勝てば殺されてしまうのが明白なのに、選手たちがスポーツマンとしてわざと負けることはできないから一生懸命戦い、勝ってしまった。試合後、彼らは即座に銃殺されたというように覚えていたものだから、酔っ払った席などで、そのように話してしまっていた…まずい。また、よくある妄想混じりの創作として知り合いたちに強い衝撃を与えるようにしゃべってしまっていたな。

何か次から次に本が集まってきて途切れることのない行列を作って待っているような状況だ。「そこ! 割り込みはしな〜い」というように、収拾がつかない。感想も書いて投稿しておきたい本が5冊たまっているが、いずれも内容が濃いのでしゃらっと挙げられないでいる。
きょう読んだ本も、そうだろうとは思っていたけれどものすごく素晴らしい。いや、午前中から珍しく時間があったもので、おまけに感受性の高まりのようなものを強く感じたので、どっぷり浸れるであろう本を手にしたのであるが…。アイザック・ディネーセン『アフリカの日々』(晶文社)である。ダオメでアフリカ・モードとなったので、この本に向いたのだ。ディネーセンが創作した小説の原点が見受けられたが、この回想記のエピソードのひとつひとつが幻想小説のようでもある、珠玉の…。

[追記]そうそう、村上龍氏といえば、きょうの朝日朝刊に青山BC復活応援広告が1面使って出ていたけれど、作家や有識者、クリエイターたちのメッセージのなかで村上(あれ、私何で「むらかも」ってミスタッチで入力しちゃうんだろう、さっきから…)龍氏のそれが光っていた。
――青山ブックセンターの再開はとてもうれしいニュースです。今後も刺激的な作品をたくさん書くので、たくさん売って下さい。

笑えた。でも、村上氏には小説より亡くなった山際淳司だったかな? スポーツライターの穴を埋めていただきたい気が…。



【No.397】国書刊行会の新刊…9月24日

話題の2作がいよいよ出てしまった。ただし、後者の方はまだ店頭には並んでいないのかな。といっても国書刊行会はどうやらパターン配本をやっていないから、担当者がちゃんと注文を出した書店にしか並ばない様子。池袋リブロとか青山BCが「売るぞ!」とばかりにどーんと平積みするタイプの新刊。
ヴィトルド・ゴンブロヴィッチ『トランス=アトランティック』にスタニスワフ・レム 『ソラリス』である。沼野充義氏の訳なんだと感じ入る。

後者はタルコフスキー映画原作としての印象だ。私はSF者ではないので、SFとしての意識を消し去って読めるもの、ソフトなものしか読める自信がない。
だが、初めて観たタルコフスキー映画「ストーカー」も「惑星ソラリス」も、観た当時はそれがSFだという意識はまるでなかった、不思議なことに…。不条理とかディストピアとか哲学とか虚無のようなものは頭をかすめたけれど…。やはり、何だかんだいっても、読む際にはテーマ性、作家のテーマ意識を偏重するのだと思う。テーマを解体しているという種類の本も含めての話。

それにしても、どちらもどえらくかっこいい装丁だ。紙の質感などがオンラインでは分からないが、ヴィジュアルでは今年出た本で『トランス=アトランティック』が1番かな…。買ったら、ジョン・クロウリー『エンジン・サマー』(福武書店)の代りに飾ろうか。
今、読みさしのテーマ解体的小説ジーン・ウルフ『ケルベロス第五の首』の装丁も、カバーのインクが飛び散ったような模様と、見返しに使った洋紙の模様がコーディネートされていてお洒落だ。ただ、好みとしては前扉は黒地白抜きでなく、ミッドナイト・ブルーが良かった。内容が内容だけに、本文に入る前にぐっと緊張感を高めるため、装丁者が黒を使ったことはよく分かる。そうそう『ケルベロスの首』は、造語「イネモリ」に似ていると覚書を残しておかねば…。



【No.395】アニー・プルー新作発刊…9月21日

『シッピング(港湾)・ニュース』(集英社/文庫もあり)で有名になったアニー・プルーの新作 『オールド・エース』が出た。bk1の方はあらすじが入っていないので、こちらのリンクで…。といっても、アニー・プルー作品は気にしているけれど、まだ読んでいなくて、映画「シッピング・ニュース」も観ていない。
集英社って、雑誌「すばる」があるからだろうけれど、海外の文芸作品でいいの持ってくるし、文庫化もまあまあやっている方だと思う。品切れもそれなりにあるけれども…。それに比べると(大手総合出版社としての比較だが)、講談社なんて海外文芸は投げているもんなぁ。エンタメやミステリ小説など売れることがほぼ確実なものには意欲的だが…。

この本も厚めだから高い。買うのだったら、フォークナー『サートリス』の方が優先順位が上だ。



【No.394】白水社の新装復刊…9月22日

海外小説新装復刊'04のうち、フォークナー『サートリス』とモニック・ウィティッグ『子供の領分』の2冊が取次入荷した様子。きょうは搬送日かな。

昨年の新装復刊で購入したうちクロード・シモン『歴史』をまだ読んでいない。『三枚つづきの絵』は感想を書き留めておこうとして、そのままだ。そういう反省をしていると、本というものは容易に買えなくなってきてしまう。

先ほども、古書店にもっていけないような娘時代などの文庫本をひいひい言いながらゴミ用にしばった。ちなみに内訳は<赤毛のアン>シリーズ10巻、『絵のない絵本』アンデルセン、『事実の時代に』柳田邦男、『騎馬民族国家』江上波夫である。
カバーの汚れや本体の黄変がひどい。どれもその気になれば、図書館にあるような本かなぁと思っての処分。一緒に大阪万国博覧会のスタンプ帳や入場券、小学校の修学旅行のしおりなどが出てきた。記憶力が優れていないもので思い出は物をよすがに残しておこうというタイプゆえ、家のあちこちの隅にいろいろな物が隠れているのだが、もうそろそろ削ぎ落としていく時期だろう。



【No.388】『狂気』購入…9月16日

ハ・ジンのThe Crazed、邦題『狂気』が出たということで、いましがた注文しておいた。
天安門事件を扱っているということなので、前作『待ち暮らし』よりさらに期待する。



【No.379】『狂人日記』の文庫化…9月11日

色川武大の『狂人日記』が講談社文芸文庫から出たのは嬉しい。ベネッセの旧出版部門・福武書店から出た函入り単行本はもっているのだが、実は文芸文庫の愛読者カードに、シリーズに入れるのにふさわしい本を推薦する欄があり、そこに2〜3年前、この書名を書いて出した。ほかには森田誠吾『魚河岸ものがたり』(新潮文庫/版元品切)も書いた記憶がある。

阿佐田哲也作品の方は読んだことがない。たぶんこの先、読むこともない。5年ぐらい前の引越のとき、『麻雀放浪記』の文庫がずらりあったのだが、柴練『眠狂四郎』とともに、埃ジミがひどいので、ばっさり捨てさせてもらった。今考えると、えらくもったいない気もする。
身内のことばかり書くのもつまらないが、家人の青春の愛読書だったようだ。他には井筒俊彦、丸山圭三郎、広松渉、カント、夏目漱石、大江健三郎、に加え、SFが少しあったり、隆慶一郎をはじめとする時代物…。最近この人が買った小説は高橋三千綱『暗闇一心齊』(文春文庫)だ。
夫婦間の読んだ本に関する会話は、思い出せないぐらい断絶している(笑)。

色川武吉の病気ナルコレプシーが、最初にクレジットで紹介されるアメリカのロードムービーが思い出せなくて気持ち悪かったので調べたら、「プライベート・アイダホ」だったね。キアヌ・リーブスが出ているから観たのだが、奇妙ではまりどころのない映画だった。



【No.368】種村季弘氏、逝く…9月2日

――だが惜しむらくは、わがグラウザーにはもう時間がない。ヨーロッパ各地を転々としながら、すでにナチスが政権を掌握していた1938年12月8日、ジュネーヴ近郊のネルヴィで、ミュンジンゲン精神病院の看護婦として知ったベルテ・ベンデルとの永い春の後の結婚式の日の前夜、夕食の席で突然意識をうしなって帰らぬ人となった。享年42歳。(フリードリヒ・グラウザー『狂気の王国』種村季弘・訳/作品社/訳者解説より/漢数字は数字に直して引用)
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新聞を先ほど開いて訃報に接した。亡くなったのは8月29日、まだ71歳だったのかと驚く。ざっと業績を思い出しただけで、「もう90歳近いのではなかったかな」と思わされるからだ。bk1で始まった「幻妖ブログ」にて、早速、東雅夫氏が コメントを出している。

グラウザー、まずは『狂気の王国』を試し読みしてみるかと図書館で借りてきていた。前にも、種村氏の書き出し、その切り出しのカッコ良さについてどこかに書いた覚えがあるのだが、この本の解説の書き出しも、下に書き出す通り、暖簾をすっと肩で切って入っていく粋なものだ。

今、最近人気の日本のミステリ作家の分厚い本も読んでいて、悪くはないけれども文体にちよっと物寂しさを感じていたところ。
そもそも、この間『あやめ 鰈 ひかがみ』についてさんざんなことを書いて、書きっ放しでは何か申し訳ない気がして(それもおかしな感情だが)松浦寿輝『半島』(講談社)を2章ほど読んだところ、「だめだ。やっぱり女が薄いっ」と冷めてしまった。じゃあ女が濃い有島武郎『或る女』(新潮文庫)で…と盛り返したのだが、逆に『或る女』はあまりに見事ですごすぎて、ぐさぐさくるような記述もふんだんにあって、お腹いっぱいとなった。少し腹ごなしをしてからつづきを読もうと軽めのものに逃げたのだ。
したところが、簡潔な文体で運ばれるミステリの方は確かに論理性がすっきりして読み易く、流れるプールの上を浮き輪にはまってプカプカ流れていくような楽さ加減なのだが、「なんだかなぁ」と退屈し始めてきた。

簡潔であっても作家の匂いまでは払拭させず、分かり易く雰囲気がある艶っぽい文体で書けるはずなのだ。有島武郎作品もそれを証明しているし、下の種村節は漱石『坊ちゃん』『三四郎』『草枕』などの活きの良いリズムを思い出させる。
やはり種村氏世代あたりまでの有識者たちには漢語の教養がベースにあって、声に出して朗じる調子が体のなかに入り込んでいる。だからどうした、「初等国語の教育というものは…」とか「新しい日本の文学に足りないのは…」と論じていくつもりはない。
ただ、「教養」を教えてくれる大きな先生がまた1人減っちゃったねという話。

――すこし猫背気味だ。くたびれた中折れ帽にコート、剛(こわ)そうな口髯の下に愛用の安葉巻ブリッサゴをくわえている。胴着のポケットに親指をかけ、胴着の下はもう中年肥りの腹がせり出している。齢のころは50がらみか。顔にはメランコリックな、どこか人生に疲れたような表情が刻まれている。
 シュトゥーダー刑事。スイス、ベルン州警察所属の、「シュトゥーダー刑事」物の捜査刑事。ポストからいえば只の平刑事だ。元はれっきとした警部だった。しかしある事件をきっかけに警部を免職になり、平巡査からやり直した。あと6年で定年退職、年金生活入りになる。老妻と結婚適齢期の娘が1人。(301P/漢数字の処理は上と同様)



【No.362】ハ・ジン新刊…8月28日

「英米文学カフェ」の新刊予定リストによれば、『待ち暮らし』(早川書房)のハ・ジンの The Crazed邦訳が9月に出るらしい。彼も亡命人作家だ。
原書の椅子の表紙は洋書売場でさんざん見かけていて、「訳されるかな、どうかな」と思っていたので楽しみ。ずばりなタイトルが気になるし、それが静かな雰囲気のなかの狂気かなと、ならば読んでみたいと思っていた。



【No.352】エリザベス・ボウエン短篇集…8月22日

『あの薔薇を見てよ』という題名にぐっと引き込まれるボウエンの新刊。英国で評価されて残ってきた小説を読んでいれば、間違いはない、堅いのではないかと自省したくなる秋の始まり。



【No.346】ブコウスキーが敬愛したファンテの子息…8月18日

子どもの本の「読みきかせ」のため出かけて渋谷にも立ち寄ったのだが、大きな書店をのぞく暇がなかった。小学3年生の子どもに玄関の鍵をもたせ、学校のプールに出かけるのに鍵をかけ、戻ってきたら開けて入るように言い渡していたのだが、明かりやエアコンの消し忘れなどなかったか、水分をきちんと採って出かけたのか、熱中症でくたばったりしていないか、不慮のトラブルは起きていないかなど気にし出すと切りがない。用事が済んだらすぐに戻らないと、心配なのである。

外に出て働いていれば、彼には無論「鍵っ子」をしてもらわないといけなかったわけだが、男の子というのはどうも他の家の話を聞いても幼くてぼんやりしていて頼りない。あまり当てにできない人間を再生産してしまったかという気持ちがあるものだから、余計な猜疑心、老婆心が過保護につながっていくわけである。

だが、大急ぎで東急FoodShowで仕入れた食料品の重い荷物とともに汗をかきかき帰宅すると、言い渡したことは一応こなしていたようで安心する。早起きして作ったお弁当を食べていなかったのでムッとさせられたものの…。
オチは夕刻にあった。早起きの疲れもあったので、2階で仮眠をとったあと下に行くと、コントローラー片手にのびのびできたようでご満悦なのであるが、窓を開け放したままエアコンをつけているのである。
「やっぱりそばについていてあげないとしようがないわねぇ」とたまに思わせてくれることが、母親にとっての息子の存在意義なわけだが、ブコウスキーがただ1人敬愛した作家ジョン・ファンテの息子ダン・ファンテが父を語った本が7月に出ていたらしい。父子関係はいかなるものか。少し興味がある。
ジョン・ファンテの『塵に訊け!』は意外なところから出てきた掘り出し本という感じで、ヘミングウェイ的な男臭さとは別の男臭さを知ることができた。
ブコウスキーが紹介されたから、ジョン・ファンテが紹介され、そして息子のダン・ファンテまで紹介される。このような連鎖というのは、歓迎。



【No.335】レーモン・ルーセル『ロクス・ソルス』改訳…8月8日

◇出版業務を断念したペヨトル工房で出ていた『ロクス・ソルス』改訳版が平凡社ライブラリーに所収されたそう。
岡谷公二先生も1929年のお生まれですよ。『郵便配達夫シュヴァルの理想宮』(河出文庫)もそうだけれど、アカデミズムのジャンルから外れがちな奇才たちを紹介された功績というのは実に大きいと思う。

◇シュヴァルのあとがきにあるが、シュヴァル、ルソー、ルーセルを結びつけて論考している点が興味深い。「批判精神の欠如と無知から、はからずも生の欲求の無垢を守り返すことができた」と指摘し、それぞれ建築史、美術史、文学史の系譜をもたない、それは系譜から出発しなかったからだということに重きを置いている。『ロクス・ソルス』の主人公は科学者だそうだが、やはりそのような人間として書かれているのか。
これらの仲間が『水源』の主人公ロークに重なる。最近の日本で言うと、建築家の安藤忠雄氏や画家の司修氏も、そうね。



【No.325】ジョルジ・アマード『テレザ』…8月1日

ノーベル賞に極めて近いところにいたというブラジルの巨匠。『カカオ』という作品は労働階級の青年を描いたものだったようだけれど、この『テレザ』は女性が主役ということで興味深い。大著だけれど、価格が安い。やればできるってことなのだろうか。



【No.316】ジーン・ウルフ『ケルベロス第五の首』…7月25日

国書刊行会の「SF未来の文学」シリーズの皮切り、ジーン・ウルフ『ケルベロス第五の首』が取次搬入された模様。
「人間に似た異生物が住む惑星を舞台に」という説明で、自分にはあまり関係ない本のように思っていたけれど、表紙がかっこいい上、「名士の館に生まれた少年の回想」「人類学者が採集した惑星の民話」「尋問を受け続ける囚人の記録」という中篇のタイトル(?内容)が訴求力あったので、気になり本だ。
「館」「少年」「民話」「囚人」がポイント。字詰めと書き出しが気に入ったら読み始めるかもしれない。



【No.306】青山ブックセンター営業停止…7月17日

最近人気急上昇のlivedoorに未来検索というのがあって、ここでブログ関係の新規記事としてガンガン拾えるけれども>青山ブックセンター

こういう時事ネタはやはり、ここがレスつくの早いね。
<以上、午後8時更新>
*=*=*=*=*
けさも新聞ネタだが、きのういっぱいで青山ブックセンターが営業停止になったことを知って驚いた。取次の栗田が破産申し立てをしたことによるらしい。

青ブクがあることがあの辺に事務所を構えているひとつの理由というデザイン&アート関係の人も多いはずで、深夜営業がなくなると不便という人もいるのでは?

私も、「午前1時には上げますから」と某デザイナーに言われ、あの店で時間をつぶしたことがある。翌朝9時にはもってきてくれと客先に言われていたプレゼン用のカンプだ。
学生時代に遊びに行って花輪和一とか丸尾末広のマンガとボードリャール、フーコーなどの本を一緒に買い込んだり、場所柄、待ち合わせに便利なので利用したりと、思い出に結びつくものがある。最近は六本木に立ち寄る用事もなくなったので足は遠のいていたが…。

過日も六本木ヒルズに行った折、吉本隆明『少年』とチャトウィン『ウィダの総督』を「発見」させてくれたわけで、刺激に満ちた書棚が、東京ならではの書店が、こういうことになったのは残念。管財人が現れて営業再開することを願う。



【No.298】アイン・ランド『水源』…7月13日

リアル書店で実物を確認していないけれども、1000P超のアイン・ランド『水源』は大変に期待の高まる本。
若島正先生のサイトに訳者の藤森かよこ先生が出入りしていて、アイン・ランド紹介サイトを知ったけれど、何せランダム・ハウス社のこちらのthe readers' listにて、1位、2位、7位、8位がアイン・ランドという作家なので…。
政治思想家が書いた小説というのがぐっときているポイントで、スーザン・ソンタグが書いた小説のようなのかなぁ…と。そういえばソンタグ女史の“In America”は翻訳されないのだろうか。

翻訳小説では、ことしになって私的スカ本――悪くない本なのだろうけれど、期待の割には感心させられなかった、私の求めるものや展開に欠けた本――が、ここにきて5冊になってしまった。
・ヤン・マーテル『パイの物語』(竹書房)
・パトリック・モディアノ『さびしい宝石』(作品社)
・ニール・ウィリアムズ『フォー・レターズ・オブ・ラブ』(アーティスト・ハウス)
・クリス・クラッチャー『ホエール・トーク』(青山出版社)
・チャールズ・バクスター『愛の饗宴』(早川書房)
悪口をまとめて書く必要もないわけだが、これらに費やした時間を巻き戻して『水源』1000余Pに振り替えたいというのが正直な気持ち。失った時間というのは、そのマイナスだけでなく、それを使った場合の創造的生産のコストも合わせて被害を考えないといけない。opportunity costという近代的合理精神の発揮された経済用語だが…。
まぁ、昼寝もよくしているし、漫然とネットの谷間を漂っていることもあるし、きょうもうわさ話しながらマダム・デジュネしていたし…。



【No.292】夏服を着た女…7月9日

きのうは午前に講演会主催、午後に保護者会と茶話懇親会でPTA会合ダブルヘッダーだったし、きょうも朝は息子の教室に朝の読みきかせに出向き、帰りに通学路周辺をパトロール当番で歩き回る。そして、出直して子どもの本の原稿書き資料探しやイベント選書などのために、本を求めて図書館複数と書店を訪ねた。

PTAの用事といえば、先月後半からいろいろこなしている。
地元警察署が校庭で行ってくれた自転車の乗り方交通安全教室でスタート地点のチェック係を務め、ほとんどの子に同じ注意事項を繰り返しながら動作を伴って指導。
総合学習の地域学習でおせんべい屋さんにもうひとりのお母さんと9人を引率。これが大変で、例の「ザリガニ釣り3時間ぶっつづけ&カエル10匹つかみどり男」がメンバーに入っていたので(担任の先生、2時間逃げてくつろいだな…)、おせんべい屋のおばあちゃんに「あれはどんな味? これはおいしい?」とたかるのを止め、「おまいら、お店ができたのはいつかとか、昔は回りに店があったのかとか、営業時間とか、おせんべいの種類とか、仕事の内容とか、人気商品を訊け!」と水を向けた。
「今、幸せですか」とか「休みの日は何をしていますか」とか訊いている子もいるし…。…ったく。「お店をしていて何がうれしいですか」と翻訳。

七夕の日には、ヤマト運輸が校庭で交通安全教室。光化学スモッグ注意報発令で人形の衝突実験ほかが短縮されてビデオ視聴が主になったが、見学してみた。冷房の充分でない部屋にて、100人以上がひしめき合う。しかし、子どもたちは人形が車にぶつかるシーンが出るたび、げらげら笑っているのだが、それは反応が違わなくないか。
ヤマト運輸は、トラックの陰で遊んでもらっちゃ困るから真剣な指導。先日、大学時代のゼミ生で指導教授を囲んで集まった折、「最近の社是ですごいのはヤマト」という話が出ていたが、この交通安全事業というのは素晴らしい発想だと思う。むろん社としての必要性から行っていることだが、車両を複数持ち込んでのブレーキテスト、衝突テストというのは、なかなか見る機会がないもの。
おみやげもついていて、かっぱえびせんのチビ袋にオレンジのグミ、宅急便の消しゴムに黒ネコのついたファイルとシャープペン。
京王線の車庫見学に行ったときも、タオルハンカチや消しゴムセットやら、良いおみやげをもらってきたけれども、子どもにとっては嬉しいものだと思う。

さて、話はどの会もどえらく暑かった。きのうときょうなどは一日5回ほど夏服を着替えているということなのだが…。
この講談社文庫アーウィン・ショー『夏服を着た女たち』って何なのさと疑問。
いや、私も講談社文庫ではるか昔に読んだけれども、講談社文芸文庫で約2倍の価格で出したじゃないの。それが在庫薄になったから、また普通の文庫に戻したわけ?
だったら、ほかの文芸文庫も半額で普通の文庫に戻せば…と思っちゃうよ。



【No.291】カルヴィーノの偉業…7月8日

岩波文庫の夏の重版でイタロ・カルヴィーノ再話による『イタリア民話集』(上下巻)が明日出ることを、yatsu blog(失敬。「さん」ってつけるの嫌いなのよ、サイトとか店の名に。何か変だよね)で知った。yatsuさんもトラックバック情報のようだが、重版リストのなかで私が「あ、これ読みたい」と即決したのは、この本。

長らく版が途絶えていた『レ・コスミコミケ』もハヤカワepi文庫で10日に発売するようだ。カルヴィーノはいろいろに語られる作家で、私はあんまり読んでいないけれど、『くもの巣の小道』(福武書店/絶版)と『魔法の庭』(晶文社)のように少年の日へのオマージュ短篇集(この2冊まとめて岩波文庫にすれば良いのに)が好きで、ついで寓話的作品。
SFものは美しいイメージだなと思えるものも多いけれど、実験性が勝ってついていけないものも含まれているので、再読したいという感じはあまりない。というか、『柔かい肌』は残り4分の1放置本だし…。
「少年オマージュもの」と「寓話もの」に流れ込んでくる要素として、家族から語られたであろうイタリア民話は特別な意味をもつだろうし、作家としてのキャリアを確立したあとで民話の再話に心血注いだというのは、自分を育んだ文学領土への深い愛ゆえではないかと思える。

『神曲』『狂えるオルランド』のようにイタリアには偉大なる幻想文学の古典があり、それとパラレルに民衆レベルでの「語り」というものがあって、ランドルフィにブッツァーティ、そしてカルヴィーノといった現代の幻想文学へ脈々とつながっているという感じなのだろうか。『ピノッキオ』なんていうものもある。タブッキはそこに加えてポルトガルの詩人ペソアの影響を受け、独自な形で世界を展開させていったのだと思える。で、ヴィスコンティは置いておいて、フェデリコ・フェリーニという映像の魔術師も思い出されたりする。



【No.281】デュ・モーリア新刊『レイチェル』…6月29日

『レベッカ』と短篇集『鳥』がそのうち読みたい本リストにずっと入っていて、手が回らず。 『レイチェル』もついに出てしまった。

他にも数多く気になる本はあるけれど、こう用事が多いとシビアに優先順位をつけていってどんどん振るい落としながら、一方で各本の雰囲気に読む気運を合わせていくよりない。

「明日も学校関係のボランティアだ…。意外にみんなやりますと手を挙げないのよね」と昨夜家人にこぼしていたら、「ま、いいことだよ」と言われ、「役に立てるときにやっとかなきゃいけないとは思うけれど、このところ本を読むヒマがない(疲れるのでよく眠っているけれども)」とつづけると、「本を読むよりずっといいんじゃないか」と、ぴしゃり久々の鋭い斬り込みが入ってきた。
大石内蔵助ばりの昼行灯であるが、ごくまれに刃(やいば)が光ることがある。
一番ショックだったのは長年にわたるサラリーマン生活をやめた折、「あぁた、サラリーマン似合わないもんなぁ。ほーんとに似合わない」としみじみ言われたことで、「だったら、もっと早くにアドバイスしろ」と思った。
あとはあれだ。飲みに行って誰かにしつこくまとわりつかれていた話をしたとき、「あぁた、男あしらいうまいもんなぁ。ほーんとにうまいっ」とか言われたのも深い傷となったので縫合に時間がかかった覚えがある。



【No.277】バッハマン『ジムルターン』…6月24日

以前、紀伊国屋の独文学売場でIngeborg Bachmanというオーストリアの女性詩人の原書をさがした話をどこかに書いた。うねる毒舌トーマス・ベルンハルト『消去』の登場人物のモデルとされ、小説のなかで現代のオーストリアにおける最高の作家だと絶賛されていた。
Songs in Flightという英訳書があるというチェックをしていたけれども、このたび彼女の小説 『ジムルターン』が出版になったようで、これは是非読んでみたい。



【No.258】『夜叉が池』の舞台化…6月9日

出版ニュースでなく舞台ニュースだが、「ゼブラーマン」の三池崇史監督が舞台に挑戦。しかも泉鏡花の『夜叉が池』だそう。
チケット販売会社からのメールで知り、案内サイトを見てみたけれど、どうも役者にぴぴんとは来なくて…。
それにしてもパルコ劇場、最近はこんなに高いのか。山崎努の「コリオレイナス」とか蜷川幸雄演出「タンゴ・冬の終わりに」とか、あと何だっけ…いくつか観に行ったけど。2割引ぐらいなら、ちょっと行ってみてもいいかなーという気がする。
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「タンゴ〜」は蜷川氏の並びで観た。というか、わりと後方の真ん中あたりで観ていたら、途中で入ってきた人がいて、隣にいた母親が「あら、蜷川さんよ」と耳打ちしてきたのだった。そういうものなのだろうけど、連日ああして観るらしい。
静止した大勢の役者が一斉にゆっくり動き出すという、あれは始まりから鮮やかな素晴らしい芝居だった。作が清水邦夫氏、平幹二郎に名取裕子という豪華顔ぶれ。古い話だ。
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「夜叉」は流行りだ。ビデオ・レンタル店に行くと、いつも息子のために「犬夜叉」を借りて帰らないといけない。テーマ曲が大人気で、運動会でもどこかの学年の表現種目に使われていた。実は今まで使われたテーマ曲をまとめたCDまで買わされたのだが、V6、浜崎あゆみ、相川七瀬、BoA、hitomi、Every Little Thing、dream、Do As Infinityと豪華だ(ほとんど知りやしないのだけれど)。これで初めて音楽に目覚めた模様。フランク・ザッパとかルー・リードとか、フランスの6人組とかじゃダメなのね。



【No.240】新訳『森の生活』…5月30日

小学館から 『ウォールデン森の生活』という題名で新訳が出るということで意外な感じを受けたけれども、アウトドア雑誌 「BE-PAL」の関係かと納得。
新訳に挑んだ今泉吉晴氏は、福音館書店で子ども向けアウトドア指南書を多く出している。この「BE-PAL」という雑誌では、児童書関係出身のアウトドア派が大いに活躍している。
村上康成氏は若くして作ったやまめのピンクの作品がボローニャ児童図書展で賞を受けた絵本画家だが、ピンクの仲間たちは「BE-PAL」のマスコットとして使われるようになった。
よく記事を提供している阿部夏丸氏も、デビュー作『泣けない魚たち』(ブロンズ新社)で坪田譲治賞に顕彰された。つづく作品『オグリの子』(ブロンズ新社)はNHKでドラマ化されたけれども、しばらく児童文学畑で活躍していた作家である。この阿部氏の作は、角川文庫か何かにされてもいいような感じの佳作だと思う。
このおふたりは、海外にも出かけていく相当な釣りマニアだということである。

ソロー『森の生活』は世界の名著の1冊だということで昔読みかけたけれども、その当時の自分にダイレクトに響いてくる感じではなかったので、つらつら部分的になめた程度。
ヒッピーたちが自給自足生活に憧れたがために愛読したということだが、今の日本の受容としては、一時の浮ついた猫も杓子もワゴン車にテント積んで…というアウトドアブームも去って、ひとつの趣味ジャンルとして定着したり、田舎暮らしに目が向く人もそこそこいるなかで、そうした一種の自然から得る癒し(安易な用語)志向とでもいうのか、原作が本来求めていた方向に沿うものではないかと思える。
思想家的な翻訳者というより、アウトドアも楽しむ研究者の翻訳ということで大いに期待ができそう。



【No.238】ゲド新刊、来た!…5月26日

『ゲド戦記外伝』本日発刊の様子。
岩波書店のページでは、今さっき確認したところ<未刊>になっていた。このシリーズは映像化の企画はないんですかね。まぁ、当然のこと、誰かが提案してどこかでひっかかっているとは思うのだけれど…。
こういうのを先に読んでいると<ハリポタ>は読みにくい。実は完読せずに第1巻の4分の3ぐらいのところで放置した。ビデオも家にあるが、最初から最後まで通しで観ていない。空中ホッケーの場面だけは「面白いじゃん」と思って、横目で観たことあるけど…。



【No.231】15年めの約束…5月21日

ここ数日bk1で気がついたときに検索していたのだが、版元の国書刊行会でのリリースが先にされたということ。さっき巨大掲示板でキャッチした。
15年前から刊行予定が告知されていた『フリアとシナリオライター』である。表紙の写真も入っているので、ようやく本当に出ると認めた。

それにしても面白いのは、国書のサイトにある「最新ニュース」の見出しである。
<ついに出た!『フリアとシナリオライター』!>だって。自社出版物だというのに、爆笑物である。文章もおかしくて、「みなさまの叱咤激励のおかげで」みたいなことが書いてあった。
買う方も15年ぐらい先ということにするので、それまで在庫切らすなよ…という感じか。



【No.200】前田愛の英訳書って?…4月28日

これって、これから出るらしい。『都市空間のなかの文学』(ちくま学芸文庫)のことなのだろうと思うけれど、英語で翻訳されるって、文体はともかく内容が想像つかない。訳註がいっぱいつくのか。とは言いつつ、ほとんど覚えていないので再読するべきか。



【No.199】ロード・ダンセイニ新刊…4月28日

『世界の涯の物語』が取次に搬入された模様。30日にトラックが出て、都内大型書店では1日か2日に店頭に並ぶという感じなのだろうか。河出書房新社サイトによれば出版予定日は5月7日のようだが。



【No.179】文庫『虚無への供物』2分冊に…4月13日

中井英夫『虚無への供物』(講談社文庫)が2分冊に改版されたもよう。上巻下巻

うちにあるのはなぜかカバーが紛失。2冊になったら文字が大きめにゆったり組み直されているだろうから、買おうかな。再読して何か書いてみたい気もするし…。



【No.161】『肝っ玉おっ母とその子どもたち』…4月1日

4月16日にブレヒト『肝っ玉おっ母とその子どもたち』(岩波文庫)が発刊予定と便利な太洋社(取次)サイトにあるけれど、やはり演劇集団「風」の公演に合わせてなんだろうな。
これはぜひ行きたいものだ。「ドン・ジュアン」は結局見損ねたので。
「風」のサイト、ムービーの下の2004年公演情報で確認できる。

しかし、善意の広報のつもりでびしびし無断直リン貼りしているけど、まずいかな。「オンラインで公開されているものは共有の情報だしょ?」というつもりではいるけれども。



【No.154】安房直子コレクション続々刊行…3月29日

ついに「天の鹿」が所収されている第5巻も出てしまった。童話童話した作品も多々あるが、「天の鹿」などは古今東西の幻想文学を漁って読んでいるような向きにも、満足のいく作品ではないかと思う。
山室静門下で北欧の民話などに漬かりながらも、何かバタ臭い感じがしないのが安房ファンタジーのひとつの魅力ではないだろうか。無国籍風ではあるから、「日本を代表するファンタジー作家」というような言われ方をされてしまうと、抵抗はあるのだが…。



【No.149】ゼイディー・スミス新刊『直筆商の哀しみ』…3月26日

25日の〆日が過ぎたところで(期末でもあるのかな)、出版社から取次へどっと新刊が搬入されたようだ。
前作『ホワイト・ティース』 (上巻) (下巻)で新人ながら非凡な才能を印象づけた英国の新鋭ゼイディー・スミス。
本の内容に関係ないが、きょうは午後息子の歯の矯正治療に付き添ったのだが、私がその治療は絶対やっていこうと最初に思った理由のひとつがこの本の題名である。
もうひとつは、アリステア・マクラウドの未訳小説『No Great Mischief』(Random House/Vintage)の6ページにあった次の一文。
――He is proud of his children,who have all gone to university and who smile with perfect teeth from their pictures in his wallet.
何かワイドショーのCMのテレビ・ショッピングを観て、すぐに電話しちゃう人の精神構造と同じかと思えるが、将来「イカ博士」が海外出張に出たとき、外国人に「出っ歯」とか言われると悔しいので…。

そのデビュー作『ホワイト・ティース』と同じ新潮クレスト・ブックスから 『直筆商の哀しみ』が出て、TRCおよびbk1で取り寄せ可能ステータスになった。
しばらく20世紀に出された評価の定まった小説を読んでいくモードなので、読むとしても数ヶ月先かな?

追記◇上のマクラウドの文を書き出していて思ったけれど、たったこれだけなのに実にドラマ性のある文章である。
財布に写真を入れるなんていうのは、社会的に地位のある人のすることではない。携帯するなら、それ用の革ケースを使う。そしてエグゼクティブだったら、自分のオフィスの机に写真立てを置くものね。前に米国の女性社長のインタビューを読んでいたら、楽しかったときの写真を飾っておくのだとあった。仕事で辛い局面に遭ったとき、それを見て力を得るために…。
つまり、財布に写真を入れておくような労働者クラスの男性のことなのだと予想がつく。その彼が、子どもたちを全部大学に行かしてやったことと、歯をきれいにする治療を受けさせたこと――ステップアップさせてやったことを誇りに思っているのだな、わざわざ書き出すまでもないけど。



【No.133】『琥珀捕り』毎日書評と翻訳賞…3月18日

どちらも少し古い情報だけれど、毎日新聞の記事から――

◇きのうチェックした『琥珀捕り』は三浦雅士氏が既に書評を寄稿していた。
新聞書評もこのぐらいのタイミングで上げてくれないとな…という気がする。購入の目安にするためのものなんだし、版元から早い段階で情報をもらえるのだから…。最近、読者の情報の方が圧倒的に速いものね。速ければ良いというものでもなく、メディアに応じたその場にふさわしい勘所のある本の紹介を期待しているわけだが、新聞はやはり速報性も大きな期待要素ではないかと思う。
大きなメディアでは、ネタばれ的あらすじ解説もやめていただきたい。どういう傾向や価値のある本であり、自分のアンテナのどこに触れたかという点を中心にまとめてほしいなと私は感じている。

ベスト翻訳書
『キャッチャー・イン・ザ・ライ』『アウステルリッツ』『海を失った男』だそう。どれも一応読んでいて感想はbk1に上げたけれど、何か今読み直すと冴えない気がするのでリンクは貼らないでおく。
『霊山』『フラナリー・オコナー全短篇』『贖罪』なども候補だったのだろうか。翻訳賞って、小説だけが対象なのかな。



【No.81】プーシキン『金の魚』絵本発刊…2月23日

アニメ映画「霧の中のハリネズミ」のユーリー・ノルシュテイン氏が書いている解説が興味深い(そういえばノルシュテイン展が三鷹のジブリ美術館で開催中だったはず。ジブリ美術館、沿線なのに行ったことないな。ディズニーランドといっしょで一生行かないかもしれない。ノルシュテインのアニメだけ、吉祥寺の映画館にかけてほしいものだ)。
朗読のCD付なのでこの価格設定だけれど、CDはいらね。
http://www.michitani.com/books/ISBN4-89642-092-6.html



【No.50】復刊候補リスト…2月2日

きのう劇場で、未来社で定期刊行している雑誌『未来』2月号をもらった。評判の高い雑誌だが(すごい出版社だもんな。廉価に専門書を出すノウハウ本も確か出した)、よく考えてみると組織学の権威である恩師から前にもらったことがあるのだった。先生は、この出版社から何冊か本を出している。
のっけから倉数茂氏(日本文学・文学史)の埴谷雄高「永久革命者の悲哀」という、日本でもっとも早く先鋭的だったスターリニズム批判エッセー〜抽象画家マレーヴィチのシュプレマティズム(絶対主義)をめぐる論考。
現代の政治体系には全能の透視者のごとくふるまう「権威」が必要で、そうした「権威」のイメージのみが、権力の円滑な作動を可能にし、安定した社会秩序と生産活動を約束するというスターリンの論。
「権威」と「カウンター(カルチュア)」について巨大掲示板に落書きして、「それを芥川賞選考委員が見なかった?」と妄想たくましくしたことを先日ちろり書いたが、まあ権威の失墜を眼前にすれば、この論も当を得ているわけで…。
それに対し、埴谷氏は自己を「未来の無階級社会よりの派遣者」と想定したからスターリニズム批判が可能だった、歴史の総体を一挙に見下ろすことのできるような虚焦点を仮構したと倉数氏の説明。分かりよい。
そして、「永久革命者の『悲哀』とは、世界がまだあまりにも幼く、愚かで過誤に満ちていることを嘆く造物主の抱くメランコリーではないだろうか」(同誌8Pより)という仮説にも首肯できる。
ポイントが埴谷だかマレーヴィチだかよく読み取れない論考だが、学際的でいろいろ考えを喚起してくれる点では深みある論文。
*=*=*=*=*
やべっ、また見出しから話、ずれてま…。
巻末に未来社含む8社の<書物復権2004>企画の紹介があり、そちらの話題がメイン。
紀伊国屋書店のサイトに112冊の復刊候補のリストがオンエアされており、リクエスト応募フォームもあり。
http://www.kinokuniya.co.jp/01f/fukken/fukkan04_list.htm
32番ロラン・バルト『第三の意味 映像と演劇と音楽と』(みすず書房)、39番クリステヴァ『女の時間』(勁草書房)、49番アイザイア・バーリン『自由論』(みすず書房)←恩師の著書にも取り上げられていた、86番リラダン『未来のイヴ』(白水社)なんてのに目は行ったけれど、リラダンの本、予価が10,000円! 一介の主婦には手が出せない価格だ。
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『未来』誌が配られた劇場でジャン・ジュネ『屏風』(江戸糸あやつり人形・結城座とフランス演劇人によるコラボレーション)を観てきたので、それについて書こうとしているがきょうはちょっと無理そうなり。



【No.49】アリステア・マクラウド新刊…2月2日

きのう出かけた折(出かけて観たものについてはあとで報告予定)、3分だけ立ち寄れた書店で海外小説棚へ。
過日もちょいと触れたヤン・マーテル『パイの物語』(竹書房)は、ブッカー賞受賞という重厚感のないヤング・アダルト小説のような本文レイアウトになっていて「へぇ」と思う。

新聞広告にも出たアリステア・マクラウドの新刊『冬の犬』(新潮社)。
http://www.shinchosha.co.jp/crest/590037-4.html
前作の初邦訳『灰色の輝ける贈り物』は、何冊か読んだ(10何冊か…)クレストブックスのシリーズ中、一番好きかもしれない。
http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_rev.cgi/3fa12175e35e20106502?aid=&bibid=02252224&revid=0000164585
『灰色の〜』も『冬の犬』も原書は同じ短篇集『Island』に所収されているということで、期待がものすごく大きいから、すぐに手を出すのはやめておこうなどと考えている(明日死んじまったら残念なことだとも思うが)。
このカナダの作家はおそらく、『魚河岸ものがたり』(絶版/新潮文庫)を書いた森田誠吾氏のように、編集担当者に「せめて3冊は出しましょう」などと言われているのだろう。亡くなるまでに、あと1〜2冊ぐらいしか書かない気がする。「書けない」のかもしれない。意志と限界をわきまえた類い稀な物書きとして…。

唯一の長篇『No Great Mischief』は3分の1ぐらいのところで読みさしにしたままなのだが、そこまででも既にしていくつかの挿話に胸詰まるものがあった。Nova Scotiaという土地の名の元になった自分たちスコットランド系移民の祖先の旅から書き起こしている。
ポストモダンにポストコロニアル、メタフィクションとか80年代、90年代といったくくり――そういった枠の外で、自分の内部に住む他者と心を通わせながら書く小説家だ。彼の表現の特徴は、この『No Great Mischief』という題名に象徴されていると感じるが、「哀惜」と「慈愛」であると思う。
それらが注がれる先は、自分と家族、友人、祖先、そしてその外に広がる人類の過去と未来であり、自らの文学領土である土地からあらゆる土地へと水紋を広げていくように受け止められる。
北の国の生まれということで、その姿勢は、イサク・ディーネセン(アイザック・ディネーセン/カレン・ブリクセン)を連想させる。そして、小川未明を…。
おそらく長篇の出版計画も版元の視野には入っていると思うが、私はこの本、邦題がどのようになるのか気になる。哀惜と慈愛を漂わせる日本語にもっていけるものなのだろうか。

ぼやきが多いと気持ちの良いものではないが、最近話題になる日本の小説は、たとえば江国香織氏や川上弘美氏、ミステリ作品のベストセラーなど、どれも題名がよくできているなぁ、キャッチーだなぁと感じる。
糸井重里氏、林真理子氏などのピーライ(コピーライターのことね)ブームを経た世代が本を書いたり、編集したりしている影響だと分析するが、キャッチーコピーがそれで、ボディコピー程度(もちろん、コピーライティングには芸術の域に達するものもあろうけれど)の本文を読まされ、「はい、お買い上げありがとうございました」ってなのが多くないだろうか。ヘッドコピーとカバーデザインだけ頭に残りそうなポスターぐらいのものが。

マクラウドの短篇集の邦題は、残念ながらどちらも地味で目を惹かない。タイトル買いやジャケ買いされにくい本だろう。幸いにして『No Great Mischief』には、生きる上で節目節目に唱えたくなるような響きがある。下手に訳さない方がいいのかもしれない。
手に取って読み、彼ならではの文学領土に流れる時間に身を浸した人だけに開かれる、内面を波立たせることへの喜びを保証してくれる、真に力のある作家だ。と私は思っている。

ミシェル・トゥルニエの新刊『イデーの鏡』も、立ち寄った小さな書店にあって感心した。京王グループの啓文堂書店の駅構内店である。このチェーンは最近、何店舗かで仕入れ方針を変え、人文書に力を入れだしたのだ。東京の住宅街には、確かにそれを買い支える層が住んでいる。
たとえば東急東横線学芸大学駅にある恭文堂書店あたりの品揃えのすごさ(今も変わらずだといいけれど)。それと最近知った井の頭線高井戸駅の書原。残念なことに、下北沢の白百合書店はなくなり別チェーンになった。久坂葉子作品なんて、そこで全部買ったんだけどなー。
書店の話はよくて、トゥルニエのエッセイは対立概念にこだわったものなのだが、挙げられている項目がなかなか鋭くて、そのうち手を出したいと思えた。



【No.45】ミシェル・トゥルニエの新刊…1月30日

軽めのエッセイだということ。重めならよかったんだけどな。でも、あれか。重いことを軽妙に書くというカルヴィーノ流の解釈をすべきなのかな。
http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/3fa12175e35e20106502?aid=&bibid=02405753
『魔王』(みすず書房)はツボに来たのだけれど実は完読していなくて、先に映画化されたビデオを観てしまった。ギュンター・グラス『ブリキの太鼓』(集英社文庫)を映像にした鬼才フォルカー・シュレンドルフ監督作品なのだけれど、「ブリキ〜」より「魔王」の映画の方が気に入っている。
撮られているものがもうどうしようもなく美しい、映像としての魅力が上だというその1点においても…。音楽がマイケル・ナイマンというのがポイント高いし…。
同監督がアトウッド『侍女の物語』(早川epi文庫)も映画化しているけれど、観てみたいな。簡潔でプロポーションのしっかりした楽しめる小説だったので。



【No.40】ヤン・マーテルとピーター・ケアリー…1月29日

 ブッカー賞取ったヤン・マーテル『パイの物語』、竹書房なんかで(失礼)出たんだね。
http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/3fa12175e35e20106502?aid=&bibid=02405745&volno=0000

『ケリー・ギャングの真実の歴史』(早川書房)ってすごく面白かったけれど、ピーター・ケアリーの新作『My Life as a Fake』が好評の様子。Salon.comのお薦め本にもなっていたし…。
http://www.amazon.com/exec/obidos/tg/stores/detail/-/books/0375414983/reviews/104-3327633-2617514#03754149835123
やっぱりas a Dogの映画好きで、こんな題? それはいいとして、この秋発刊予定の『The Real Japan』って何を書かれちゃうんだろう? 神話的に書かれているといいね。版元がナショジオなので、ため息が出るような写真でも入るのかな? けど、価格見ると、せいぜいモノクロみたいな気がする。
http://www.amazon.com/exec/obidos/tg/detail/-/0792246217/qid=1075350062/sr=1-1/ref=sr_1_1/104-3327633-2617514?v=glance&s=books



【No.28】『久坂葉子全集』が出ていたのか!…1月22日

 全3巻の分売謝絶で、夭折(鉄道自殺)の美少女作家・久坂葉子の全集が昨年暮れ、ひっそり出ていたらしい。図書館流通センターの新刊案内は、表紙画像が大きくて重宝ですね。
http://www.trc.co.jp/trc/book/book.idc?JLA=04002744
 彼女の著作は、六興出版で出されていた作品集3巻と構想社で出ていた作品集をもっているけれど、かんじんの芥川賞候補作『ドミノのお告げ』は読んでいない。
 すでにこっそり購入して書棚に収めているおじさまたちが何人かいそう。久世光彦氏とかね。

――色彩でも音でも形でも云ひあらはす事はむつかしい、無色無音無形の国でせう。そこは、日記に書いたやうに、喜びもない、悲しみもない 権利もない義務もない。ね、そんなところ、私はそんなところを恋ふ。そんなところを美しいと云ひたい。――そして愛情の無い国かも知れません。無論無い国でせう。(『久坂葉子の手紙』六興出版13P熊野充子宛書簡より)

――太宰にしてもこの久坂氏にしても、本質的にあるいは生理的に生きることの辛いという人がいて、それはその人の心がけでなおるというようなものではまったくない。それほど繊細に人生を受けとめざるをえないという神経が、つまりはその人々の才能というものなのである。
(『久坂葉子作品集 女』帯の曽野綾子氏評より)

 曽野氏の最後の一文には、「ちょっと待て」と差し挟みたいものもあるが。



 

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