◆〓本のシャワーにさらす肌〓◆
【No.928】身の内に宿る都市のつづき…5月10日

「アレクサンドリア四重奏」シリーズの1巻め『ジュスティーヌ』の巻頭には、作者ロレンス・ダレルによる次のような断り書きがある。

――この物語は一群の作品の第一作だが、ここに登場する人物は語り手を含めてすべて虚構であり、現存する人物とはなんの関係もない。ただ都市だけが現実のものである。

何でまた、わざわざこういうことを断るのか。小説が虚構であるのは承前のこと。しかし、「ただ都市だけが現実のものである」という不思議な物言いがひっかかる。これは、作者が読者に目を留めてほしかったことなのかもしれない。

それで、文学の目利きである池澤夏樹氏が、毎日新聞に寄せたこちらの書評に「この都市こそが虚構ではないか。ロレンス・ダレルは人が悪い」というような感じで文章を書いている。池澤氏は実際にアレクサンドリアを訪れたけれども、小説に書かれたアレクサンドリアなど存在しなかったと言う。そのあたり、一種、「文芸の戯れ」とも呼ぶべき調子で評論しているのが面白くはある。

最近の多くの作家って、この「文芸の戯れ」がうまいよね。大衆としての読者に引け目を感じさせないよう、読者にうまく寄り添って「戯れ」を書く。つまり、「高等遊戯」を気取らない。
小説でもエッセイでも書評でも、こなれた文章を書く川上弘美、高橋源一郎といった人たちは、大衆との距離の置き方がうまい(ある意味では彼らも大衆である)。だから人気が保てるのだと思う。当たり前だが、出版業界が必要とするのはそういう書き手なのだ。大衆に受けて、本が売れないと困るわけである。
逆にそういうのがあまりうまくない人もいる。数人見かけたが、翻訳家をやっている人の書評にいくつかそういうのがあって、「自分にはこんなに知識があるんだぜ。経験も君たちとは違うんだぜい」という感じで力が入り、無理に地べたに読者を押し付ける寝技に持ち込む。つまり、過去に自分が読破した本で大衆が知らなさそうな記述を持ってきてもったいぶった調子で書いてみたり、海外の作家が来たときに交流したことを書いてみたりする。書くこと自体はよいのだが、それが評論の論点のなかで生きず、自慢話のようになってしまっている。
「高等遊戯」を気取るのは、アナクロで楽しかったりもするので、そう批判しなくともよい。それに、私にとって大切なことの優先順位としては、ものすごい下位になる。どうでもよいことだが、つい筆がすべってこういう話となった。つまらん。

さて、池澤夏樹氏の新聞書評の指摘と、私の「読み」は少し違う。
「都市だけが現実のもの」としたロレンス・ダレルの本懐は、「アレクサンドリアという都市は実在する」という意味ではないと思う。彼がここで示している「都市」とは「都市性」とでも言い換えればよいのか、都市の「理念型」であり、抽象概念としての都市というニュアンスではないかというのが私の見解。
「人が行き交う。物が行き交う」――このように自由な流通を特質とする場所としての都市を、ロレンス・ダレルは「虚構のアレクサンドリア」を舞台にして書いていると思う。それをどのようにして書いているかというと、少なくとも第1巻『ジュスティーヌ』では、至上の娼婦性を持つ女性ジュスティーヌの身に都市性を投影させて書いている。
単純に、「娼婦みたいに男の行き来が激しい女」という狭義の解釈でも構わないが、彼女の身という場所に、何人もの人の思いが交錯したり、いろいろな文化や価値観、知識が交錯しているのが透けて見える。それで、ジュスティーヌと深く交錯する女友だちのクレアは「あのひとはほんとうにアレクサンドリアの子なんだもの」と漏らすのだろうね。
くどく説明を繰り返すと、人と物が自由に流通する場として、アレクサンドリアという都市とジュスティーヌという魅惑的な人妻が、お互いにお互いを内包する――そういう状態を描いているのだ。

前にも書いたが、池澤夏樹氏は、アリステア・マクラウドというカナダの作家を日本に紹介してくれた人なので、この人の文学作品の紹介には目を留めておきたい気持ちになる。
河出書房新社が今秋から刊行を始める池澤夏樹個人選「世界文学全集」の内容がプレスリリースされたようで、それを受けながら、今朝の朝日新聞に海外文学の新訳企画についての記事が掲載されていた。
ナボコフ『賜物』が池澤選全集に入ることが最大のニュースと私は受け止めるのに、それについてガツンと書かれていないのが何だかなあ…と、ネット上で拾う情報の方が新聞記事をはるかに上回っており、今や新聞記事は中途半端なオーソライズとしてしか機能せんなあ…とも思う。
まあ、それはそれとして、本物の文学に触れたことの反応が、社会のあらゆる場所に良い影響として及んでいくことを望みますですよ。その現れは、「都市性」に満ちたインターネットの世界で確認していけることだろう。
[追記]この記事、「自分のなかの娼婦性」「都市性に欠しい日本の私小説」といったことをほ拾いながら書き進めるつもりが、そちらに立ち寄らずに着地してしまった。最近走り込みをさぼっているので、ダラダラ書きができないのかもしれない。



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