◆〓本のシャワーにさらす肌〓◆
【No.1118】ウッシッシーと行こう!(2)…1月3日

フェルメールの絵が多くの日本人に愛されるのは、光が注ぐ場所に描かれた人びとの、何やら静かで穏やかな在り様ゆえなのだろうが、画家の生涯がはっきりと分かっておらず謎めいていて、現存する作品点数が少ないといったこともまた、あれこれ取り沙汰でき人気を高める要素として働いている。

しかし、画家の謎めいた生涯と作品数の少なさということにおいては、初期ルネッサンス(「ルネッサーンスって、何かブランデーグラスを持ち上げたくなるんだけれど)に当たる15世紀を生きた画家・壁画家であるピエロ・デッラ・フランチェスカはフェルメール以上と言えるだろう。「やれるものならやってみろ、日本で展覧会を」と言いたくなるぐらい、作品は貴重で動かすのが難しそうだ。
イタリア国外の美術館に飾られているものも数点あるけれども、イタリアの聖堂や生まれ故郷であるサン・セポルクロにある作品というのは、これはもう世界中から彼の絵の巡礼にやって来る人びとのために置いておかなくてはならないものなのだ。
そして、たとえピエロ・デッラ・フランチェスカ展が日本で開催されたとして、フェルメールとは異なり宗教的テーマがほとんどである彼の絵は、フェルメールほどの熱狂をもって迎えられないかもしれない。もちろん貴重性ということを強調すれば相当の集客を見込めるだろうが、描かれたものを考えれば、動かすことが間違っているのが分かる。
(追記1/5:石鍋氏の本を読み進めていたら、イタリア国内のピエロの絵は外に持ち出しができないようになっている様子)

【No.1115】でサイレント・ナイトに読むに良い本として『ビルキス、あるいはシバの女王への旅』を挙げた。ピエロ・デッラ・フランチェスカが妻の作る物語に触発されて制作を行うという話と、ピエロの絵に描かれたシバの女王の運命やソロモン王の元へ赴く旅の話という2つの時代が交錯する実に面白い小説である。
しかし、正直、この小説はピエロの絵の世界を考えると違和感がある。ピエロは独身者であり、妻を設定するフィクションは独自性ある良いアイディアだとしても、誰かの物語に掻き立てられてエネルギッシュに画布や壁に向かうというイメージではない。さらに、商売女たちと遊ぶという設定も、クールなピエロの絵柄から受け取れる属性ではない。
ピエロの絵では、人びとは感情を露わにせず、また人と人とのコミュニケーションも没で、一人ひとり立ち尽くす感じであり、その人びとの配置を含めた構図が、計算し尽くされたグラフィックな意匠の下に表現されている印象なのだ。
それで気になって、石鍋真澄氏の『ピエロ・デッラ・フランチェスカ』を読んでみることにした。

これは実に力の入った研究書である。
数少ないピエロの作品とそれに関する資料についての研究者たちの諸説や議論を網羅し、それを元にピエロが年代ごとにどういう境遇にあり、どういう意図の下に作品を制作していたのかを石鍋氏なりの視点を加えて解説している。
ルネッサンスの理系芸術家としてはレオナルド・ダ・ヴィンチが知られるけれども、ピエロは『算術論』『遠近法論』『五正多面体論』といった数学の著書により数学者としての名声も得ていたということで、これが彼の創作における大きな鍵を握っている。
まだ読みかけの本であるが、フィクションとして書かれた小説の設定とは異なり、晩年近くなって白内障で視力を失ったピエロの若き日々が、科学と芸術に対して求道的であったようで興味深い。
<この項つづく>



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